再生の道活動 27 気難しくなってきたような
ゴジラの広場というところで石若丸が演説をしていた時、聴いていたい気持を押さえてビラを配るのに専念する。隣のご婦人が、思わずじっと車上の石若丸を見あげていた。それは教育についての演説が冴えていて、本当に聴き入ってしまいたくなるのだ。そのご婦人も、もしかしてお子さんがそういう年齢に差し掛かっているのかもしれない。
しかしボラの中心になっている人が彼女のそばに行って、(聴いてないで)ビラを配ってくださいと指示した。配る場所を、この通りのこちらに立ってと改めて指定され、ご婦人は石若丸を見あげられないところに行った。
なかなかビラを受け取る人ばかりではないので、ずいぶん思い切らなくてはならず、彼女も小さな声でそうっと差し出すので、成果があがらず苦労していた。
演説が終わって石若丸が車上から降りてきたとき、そのご婦人はそばに近寄って、「石丸さん、教育って…」と、何か話かけようとした途端、先ほどのボラスタッフが駆け寄ってきて、彼女を後退させた。SPもそばに来て彼女を排除した。
石若丸は一瞬彼女と目を合わせたが、その場を立ち退き、1メートルほど離れた所で待っている応援者のほうに行って、数分、話を交わしていた。それは予定されていたことだったようで、SPが案内していた。
そしてこちらで待っている彼女は、ズッと後退させられた。
「話しかけないでください」「黒子に徹してください」と言われている。
「でもたった一言、聞いてみたかったんですけど、20秒もしないんです」
と言いながら、前方から相手が進んでくるので押されるように後ずさりしていった。
石若丸が車椅子の方と話し終わってから、「なんでしたか?」と目を向けてくれるだろうかと思ったが、そういうことはなかった。
やがて車は去って行き、私は次の会場の大手町に行く予定だったが、ここで前項にも書いたが熱射病みたいな感じで、急いで上野に戻ってしまったのだが…。
追うのをやめてメトロの駅を探そうとしていたら、先ほどのご婦人が広場の腰掛けみたいなところに座っている。なんかいかにもボウとして空を見ているが、炎天下です。
私は近寄って、声をかけてみた。紫シャツを着ているので互いに紹介も要らない。
埼玉から来たと彼女は言い、これからボラで一緒にまわりながら今日1日、手伝わせてもらおうと思ってきたがと言い、でも、ほんの一言も言葉を交わしてはいけないなんて、いつからこんなふうになったのでしょうと言った。
私なんて岩崎さんのボラで、毎日いっぱい話をして意思の疎通もあったから、そんな厳しい戒律なんか知らんがと思ったが、彼女にどう答えていいかわからず、一緒に日射を浴びていた。
あのSPさんも、キリッとした目をしながら、やせっぽちの私なんかを追い払ってどういうつもりなんだかと、ご婦人はちょっと皮肉なのか、つぶやいていた。ああでも誰かが石丸さんを襲ってきたら、きっと守ってくれると思いますよと私は言ったが、そんなこと聞きたいんじゃないしな…とわかってはいた。
なんて気難しい組織になってしまったことか、だから信者とか、妄信なんて言われてしまうんですよ。一言声もかけることも許されないんですね、それでいて申し込まれたのか、車椅子の方には時間を割かれて…最初のころに比べて、色々矛盾や疑問が膨れ上がってなどとしばし、やり場のない気持ちを吐露していたが、私のフォローも頼りなくてがっかりしたのか、やがてもう今日は帰ると力なく言った。
いや、心の準備があれば私ももっと何か言えたのだが、彼女があんまりショックだったようで、助言も用心深くなって、慰めみたいな言葉しか言えなかったのだ。
で、私はそんなふうなこともあって、自分も何か具合悪くなってきた気がして、メトロの駅を探して上野に戻ってしまったのだ…。
でも今思うと、戻ってよかった。あれからフラフラで、夜までというか、次の日もちょっとクラァとしていた。あのような道中で倒れて、有名人になりたくないよね。
埼玉のご婦人は大丈夫だっただろうか。もう気力失せたと言っていたが、熱射病にならなかったかな。無事でしたように。メアドなどをお聞きして、あとで励ましメールを送ったりしたらよかったとすごく反省した。
遠くから来ると孤独で、こういうときがっかりする大きさが違うかも。私も遠い方だけど、岩さん関係の仲間がたくさんいて励まし合える。
再生の道活動 26 休憩時間について
私が、普通に考えている選挙活動の休憩時間の取り方は、戦車(と呼ぶと思ってきたが、これが都議会戦では通じなかった…宣伝車なら通じた)に乗車する4人は、ドライバー、ウグイス2名、スタッフ1名、または候補者本人。
6人乗りの戦車の場合は、チラシを配るなどのスタッフが乗り込む。
8時に出発して、ウグイスは交代しながらやるが、一方が歌っているときに一方は学校や病院があれば知らせる。また候補者の車や事務所前を通る時に、マイクを持って挨拶の言葉を挟む。狭い路地などでの車のすれ違いなどもマイクで挨拶を入れる。
8時~10時 (2時間)。15分休憩。(コンビの前など)
10時15分~12時15分(2時間)。45分休憩。ランチタイムや打ち合わせなど。
12時15分~15時 (2時間45分)。15分休憩。
15時~17時30分 (2時間30分)。15分休憩。
17時45分~20時 (2時間15分)。解散、または事務所で打ち合わせなど。
1日11時間30分の実働は結構ハード。でもこれが守られたなら恵まれているほうだと思っている。
きついのはウグイスがソロの場合で、この4月の市議会議員選挙では8時から20時までずっと休憩なしで、私は病院や学校が目に入らなくて、前席の候補者やドライバーが知らせてくれることがあった。前席が候補者で、カラスをやっているときウグイスに、適当に合の手を入れるように言われ、同時に声を合わせたり即興ながらうまくいって公園で遊んでいる子どもたちも喜んでくれたから楽しかった。でもそうなるとウグイスは休むときがなく、ずっとマイクを持ち続けることになり、候補者は夢中になって休憩なしでやっていることもあった。
私より先にドライバーが疲れてしまい、そりゃそうです8時から13時過ぎても休憩なしで走り続け、候補者のカラスがマイクで政策を言い続けて数時間。トイレ休憩もないこととなって、時折下車して、候補者が戦車の前で、ウグイスにビラを配らせたり、かけ声を入れさせながら、演説めいたことをしている間に、ドライバーはちょっと姿を消していたが、どこかでトイレを使用して来たりしていたようだ。ドライバーもきっちり休憩を決めるべきだ。ボラのほうが過酷な扱いを受けている現実。
先に次の休憩は何時、とわかっているほうがいい。もう少し我慢、など自分の中で目途を立てられるから。時間になっても何もなく続けられ、そのまま5時間などということもあった。
私ああいうのは過酷だからあんまりやたくないけれど、今回の都議選、参院選はもっと乱れていたと思う。
昨夏の都知事選はさらにそうで、ボラはめいめい勝手に休憩を取るしかなく、あんまり主役がびっしりのスケジュールなので、全部の伴走はできないのだ。それが毎日続くとなるとかなりきつい。
都議選の場合はウグイスを交代させてくれたが、私は東京に出て行っているので、自宅で休憩というわけにもいかず、事務所でチラシ折りや証紙貼りを手伝ったりしていた。
ずっと労働しているとメリハリなさ過ぎて重だるく疲労していく。
でも再生ボラは昨夏も過酷だったからか、結構鍛えられていて、候補者の戦車が到着するわずかな時間を、パンを買ったりして立ちながら頬ばるようなことをしていた。
立ち食いのお店から、まだもぐもぐしながら出てきたボラもいた。そのまま演説会場に走っていく。
私はそういう早業が不出来で、今回はウグイス以外の役もやったので、それでランチタイムも持てないまま炎天下、15時に熱中症になりかけたのかもしれない。私の不徳ではあると思うけれど、ウグイスなど共に行動する者に対しては、きちんと明瞭な休憩時間を決めるべきだと思う。
再生候補者方はその点全体的に、よくない。知らないからなのだろうけど、みんながこうなので、今後もこれで定着していったら問題だと思う。
ボラもただその人を応援したくて来る一般人ばかりだと、みんなでズルズルとわけのわからない無駄な行動をしていることがある。候補者がそもそもわけが分からずに無駄な活動をしていることがある…なんかあんまり知ったようなアドヴァイスをすると、威張っているみたいで、やっぱり仲良く助け合って行動した方がいいし、・・・・・
まあ候補者がもっと慣れてきて、ボラを上手に扱えて、ボラももっと(例えば体験者などは)臆せず意見を言って(なかなか難しいことだけど)、スムーズな活動になっていったなら、当選者も出てくるのではないかと思う。
再生の道活動 25 熱中症
熱中症になりかけたのは7月18日(金)の15時ころ。朝から相当暑かった。
昨日は朝一番で上野に集合して、炎天下春紀さんの戦車をメトロで追いながらチラシを配った。やがて坪田さんが自車に乗せてくれて演説の場所取りをした。午後はウグイスで市中をめぐり、モモタローの練り歩きもやって20時、錦糸町で解散、電車で入谷のビジホに帰ったが、休憩なしで12時間、結構重労働だった。
次の日は朝方雨が降った。今日は春紀さんは遠方に行っていて、私は石若丸の演説を追う。昨日とは感触が違い、そもそも聴衆がいてくれる。でもスズランテープを要するほどでもないので、演説中はチラシ配りだ。通行人も岩さんや春紀さんの時とは違って受け取ってくれる人が多い。
雨がやみ、蒸し暑さが戻ってきた。これから大手町に演説を追いに行こうと思っていたのだが、気がつくと、自分の体が思った通りに動いていなかった。景色も宇宙に浮いているみたいで、歩いていてもふわふわしていたので、これは熱中症の初期症状ではないかとようやく気づき、予定を取りやめて上野に向かった。
上野に着くまでは不安だったが、構内は涼しく、なんだか治ったような気がして外に出ると、やはりモワァ~として宇宙になったので、近くのスタバに入った。ひんやりして、水を飲んで熱いコーヒー。40分ほども涼んで、治ったので、やっぱり今から演説を手伝おうと思い直し、17時の演説会場を調べながら立ちあがると、クラ~となった。
これは完治してないなあと思い、仕方なくビジホに直行。10分も歩けば着くのに、なかなかたどり着けなかった。
ようやく着いてエアコンをつけ、夜まで休んでしまった。
まったく…何のために来ているのかと自分を歯がゆく思った。
でも自分で気づいてすぐ行動を起こしたので助かったのだな。あのまま道路に倒れて意識をなくしたりしていたら、本当にみっともないことになっていただろうな。あれって自分で気づきにくいものなのだと知った。意識は「今からでもボラに参加できる」とか思っていたし。私が登山してきたので、早めに気づいたのかもしれない。
再生の道活動 24 ボラとは
今回の選挙のボランティアについて色々動画があがって、コメント欄に「ボラは慈愛の精神です」というのがあった。またある人は「奉仕」だという。
でも選挙のボラはどうなのだろうか。
私は自愛でも奉仕でもないな。
選挙で手伝うのは「同意」だ。
私は、この人の主張に同意するから協力する。
同意するから投票するのだけど、それではとても足りなくて、何とかもっと力になりたいと思うから、矢も楯もたまらず手伝いを申し出る。
再生の道の主張が切実で、「どの政党の主張が自分にはいいかな」ではなく、「この世の正解だ、これしか日本が生き延びる道はない」と思った。再生の道の候補者に議員になってほしかった。
身を焼くほど頑張った。自分のために。
石丸伸二が何を言っても、52人ひとりも当選しなかったことを肯定なんかできない。
再生の道活動 23 献金
参院選が終わって、候補者方はどんなに力を落とし、しかも事後処理などで目まぐるしく多忙なことかと思うが、横山はるきさんからメールが来た。
献金のお礼と、ボラへのお礼。そしてこれからすること。
おそらくそれぞれの関係者に、一斉メールであろうと思うが、あて名はちゃんと私の名前を書いてくれている。
丁寧な人だなあ。嬉しい。
はるきさんはエリートだ。中学から大学まで学習院。台東区谷中から通ったそうだ。
事務所を構えなかったので、個人的にゆっくり会話するような場はなかったが、なにかっていうとお友達っぽく、すぐ握手してきたのがなんとも言えない。演説を聴いていた人が声をかけてきても、即反応、即握手。握手に気持がこもっていた。
候補者の中には献金しても、返信が一切ないままの人もいる。せめて「受け取りました」の連絡だけでも欲しいと思う。届いているかわからないし。でも後日、カードの明細書が届いて、そこに引き落とされているのを確認して、ああ届いていたんだなとわかるけれど、それってかなり失敬だと思う。そういう候補者が都議選でいた(女性)。
私はどなたでもよかった。全員にはできないので、「献金を」と、凄く訴えていた人に、まずは送った。それで無返事だったので、少しがっかりだ。忙しい中にもそこを気遣えるような人がいい。
もし横山はるきさんが今後、再び立ち上がったなら、私も再び応援するだろう。
どこから立つのか、やはり全国区か。
小林学さん(広島)、浦野仁くん(福岡)は、地元から立ったらよかったのにと思う。
何か手続きとか、困難なことでもあったのだろうか。時間もなかったのだろうが。
仁くんは次は福岡から立つと言っていた。それは衆院選になるのだろうか。
岩崎朗さんは福岡にいるのだろうか。再生の道代表の石丸伸二さんと浦野仁くんの福岡での演説会に、ご夫婦で参加されたそうなので。白い帽子で。
再生の道活動 22 ボォ~としていたい
ボォ~としていたいときは、していいのですよ。
眠たいときも、寝ていいのですよ。
昼寝でも夕寝でも。
ムリして立ち歩かなくていいのですよ。
と、私は自分のストッチの会員さん方に言ってきた。
動物は昼も寝ます。人間も本来そうです。赤ちゃんは時間関係なく寝ます。成長して、時間に合わせて動くようになっていくけれど、本来に戻りたいときは、身体が欲しているのだから抵抗しなくていい。
元気になれば、自然と起き上がって歩いていきますと。
いつもそう言っているのだけどなあ。自分がぐったりしていると、やっぱり心のどこかで焦っている。
本当に力が抜けてしまって、対人関係が今ムリだ。
でもたまっているストレッチ会の行程はこなしていかねば。
終われば口もきかずにとっとと帰宅してエコン入れて…寝込む
電話がかかってきた。出版社からの約束の電話だった。でもそれについての準備も何もしていなかった。途中でもうすっかり面倒になって、何もかもキャンセルしたくなった。
・・・いいなあ私は気軽な身分じゃないか。石若丸は毎日、過酷な嵐を一身に浴びて前を向いている。
敗将兵を語らず。
あれ以上何ができたというのか。十人みごとにフォローした。
思うこと、言いたいことはたくさんあって、どうしようもない。
このまま飲み込んで鬱々としていくしかないのか
ボラをやったのは、私が再生の道に、この世で活躍してほしかったから、せめて自分のできる限りの行動をした。
私はあの時の精一杯、この命をかけた。
でも候補者52人は、もっと命をかけた。
そして石丸伸二は、だれよりも命をかけていた。
その彼が今、矢面に立って記者会見はじめ、あらゆる攻撃を身に浴びている。しっかりと受け答えている。
候補者方もそれを知っていて、再び立ち上がり宣言を発している人たちもいる。
ラインでは互いに励まし合いのメールが飛び交う。
…私が遅れを取っている。でもきっとこれが私なんだろう。自然が私を保護してくれている。だからストレッチの会員さん方に言っている言葉を思い出して、申し訳ないけど今しばし虫の息。
再生の道活動 21 熱射病でしょうか、ボォ~
参議員選挙が終わって、久々自宅でぐったりしている。
何をしようとしているのでしたっけ‥‥
今日は何もしなくていい日だった
外は相変わらず強い日差し
でもエアコンの効いた部屋に居ていいのだ
洗濯しようかなまだいいや
ああそうだネコを洗ってやらねば。しっかりブラッシングして。
・・・・・・
マイク納めの日、赤羽色の夕焼けが美しく、私がウグイスをやった谷中の公認会計士、横山はるきは、あの空を一生忘れないと言った。
デューデリはるき。再生の道の党首になってほしかった
吉田あやさんの声が聞こえてくる、浦野仁くんの笑顔が見える、宮田たかおさんの、小林学、冝保はるき、大谷ヨシヒロ、金井きょうた、水野純也、木島やすお・・・
あれ全部書けた。字は正確じゃないかも。
投票日、日曜日はすでに過去となった。
誰も当選できなかっただけではなく、票数の少なさに驚いた。
都議選は認知度の低さと言い切れたけど、今回はそれに加えて弱点があったのだろう
でも石若丸はじめ皆さん、力を尽くしてよくやったと思うけどな
まだやっぱり書けないか。