ミヤマキリシマ山行(12)山の挨拶「こんにちは」

ヤマキリシマのような緋色の雨具の上下を着てフードをかけ、同色のロングスパッツ、赤いザックカバー、抜かりなく装着した野遊は、雨に打たれてもどこも濡れないルンルン気分。

どうやら先頭のMは、大船山に向かっている。歩いている体は温かいのに手先は冷たい。鼻水が出ちゃうよ。ポケットにティッシュが入っている。ごそごそとティッシュを出し、鼻をかみながら歩く。もう一つのポケットにはキャンディーが入っているんだもんね〜

でも地図も磁石も時計もザックの中。これが「連れていってもらう身」の気安さか。ただ何も考えずに前の人のあとを追うだけ。ラクチンラクチン。でもペースは人に合わせなければならないわけだ。だから歩きながら鼻をかむ。

ちょっと見晴らしのよさそうな節目に立つと、Mは景色に浮かぶ山々を説明してくれるのだが、実際は真っ白で何も見えないのだった。野遊に不満はないのだが、Mは山々が見えないのがいかにも残念そうだった。それは自分たちの大事にしているものを、外来者にも分かち与えたい思い。うん、わかる!

頂上付近で登山者に出会った。単独者で、彼は雨に顔を濡らしながら、嬉しそうにいきなり「いや〜も〜ハハハ」と笑う。いかにも「こんな雨の中、来てしまいましてねぇ、来たかったんですわ。おたがいエライコッテスナ」という気持が伝わってきた。こういうのを同類のよしみっていうのだな。受け答えるMとSも、近所の知り合いのおじさん同士って感じだ。

そういう気持の延長線上で、登山者は「こんにちは」と挨拶を交わしてきた歴史がある。最近ネットの登山カテゴリーなどで、こんにちはと言ったのに返してこないとか、どうして挨拶しなければならんのかとか、野遊から見ると「妙な質問」が出現しているが、別に言わなくともいいのだ。

この山中で、同じ山を目指して出会った同士が、自己紹介なしで、同士としていきなり言葉を交わせるのですよということなのだと思う。

きつかったら黙っていればいい。聞きたいことがあったら名刺も出さずに聞いていい。相手が苦しそうだったら静かにすれ違い、一言エールを送ってもいい。返礼も、顔を見合せてにっこりだけでもいい。みんな仲間、無礼講でいきましょうやという感覚が「こんにちは」なのだろう。