ミヤマキリシマ山行(27)赤川温泉は、蒼い湯だった

赤川温泉山荘の玄関口は、民宿の玄関のような感じだった。ちょっと広く間取りされてある横手に冷たい水が流れている。ベンチがある。大きなセントバーナードが横たわっていた。

目が合うと、セントさんは起きあがって、ゆっくりこちらにやってきた。優しい瞳。白い尾が、右に左に静かに揺れている。野遊の隣にぴたりと横づけし、セントさんは体温を伝わらせながらじっとしている。思わず頭を撫でたら、「どうぞご自由に」という感じで体重をもたせてくる。いかにもいかにも「優秀な犬」という印象を受けた。

あとで聞いたことだが、このセントさんはすでに相当なおじいさんで、若かりしころは、たくさんの登山者を救助したそうだ。う〜む、ネコにはあり得んことだ。

宿泊手続きを済ませ、部屋に案内され、「どこでも気に入った部屋を選んでください」と言われて驚いた。本日の宿泊客は野遊だけだって。ベッドルームもあった。ダブル、ツイン、ほんとにホテルという感じ。

温泉は素晴らしいお湯だった。お湯が蒼く見え、肌さわりがまったりとしている。湯船は、ひやっとした源泉と、それを沸かしたのと二種類あって、交互に入るのだそうだ。体が芯から癒された。

そしたらお客さんが入ってきた。隣の男性風呂にもお客さんの気配が。それは、麓から入浴に来たカップルだった。女性は
「ここはもう以前の山小屋ではなくなってしまって」と言う。
昔からこの小屋を守ってきた人がなくなって、今のご夫婦がこれを買い取り、温泉ホテルを目指したとか。
「入浴、食事、宿泊という客をあてこんで始めたんですよ当初は」
それが、意外やそういう客は当初だけでなかなか定着せず、相変わらず「ひなびた温泉をめぐる旅行者」か、「牧の戸を外れてここに下山する登山者」くらいしか来ない現状だと。
ここから登る人は、わざわざ温泉に寄ってはいかないので、客が少ないのだそうだ。

それはもったいないなぁ、こんなにいい温泉なのに。登下山路をもっと整備すればいいのにとつくづく思ったことだ。ここから久住山への直登ルートがあり、これもあまり人が入らなくなっているそうで、あの整備の悪い下山路にしても、ほんのちょっとした配慮で登山者は増えるはず。要するにこの山荘の主がたは登山家ではないのだろう。

夕食は法華院温泉山荘とは比べるべくもない「ホテルの食事」、ヘルシーで美味だった。料金は同じ、むしろ安価で。エアコンつきの部屋で手足を伸ばして休みながら、もったいないなぁ、と繰り返し思った。この山荘が、でもあるけれど、つまり、ここから伸びている久住山への登路、扇ゲ鼻からの下山路が、である。