朝日連峰 障子ヶ岳 6 「ブルーベリー」

ゆっくり登っていきながら、どこかで休んで朝食を摂取せねばと思っていたら、ひとり登ってきた人がいた。山側に寄って道をあけた。
「おはようございます」と、挨拶し合った。
その人は登りながら話しかけてきた。
「どうしてこのコースを選んだのか」と聞かれ、
「志田さんという方に紹介されて」と答えた。
「菊宏さん?」「勝利さんです」「お〜勝利さんとは、しぶいね〜」だって。

朝日の志田一族は多い苗字なので名前で呼び合っているそうだ。

「なんで勝利さんと知り合いか」とか聞くので、
「メールで問い合わせたらいろいろ教えてくださいました」と答えた。
山じいはほんっとに有名人なんだな。

話をして一緒に歩いている感じになっていった。どうして先に行かないのかなあと思った。

朝、突然動き出して調子が乱れている野遊は、それを整えながら歩いて行きたかったのだが、どうもだんだんやりにくい感じになっていった。
「どうぞ先に行ってください」と言うのだが、どこかで立ち止まって待っていたりする。そうするとこちらは歩調を合わそうとしてしまう。

ちょっとロープがあるところなどで、この人は、スイスイと乗り越して行き、ふり返って野遊に指示してくれるのだ。それはどう見てもかっこよかった。
「俺は垂直の壁も登るから」と言うので、かつてのクライマーたちの流れかしらと思ったが、「中央の人たちは知らない」と言っていた。

「おいしいものがあるよ」と、その人はブルーベリーの実を摘んでくれた。それは小さな紫の実で、野遊だったら見逃していた。その人が手のひらにいくつも摘んで、野遊はおいしいおいしいと食べた。自分でも摘んだ。

先に行ってくださいでもおいしいおいしいでも先に行ってくださいという感じだ。そして野遊はその先でも、ブルーべリー氏が待っていてくれるので、もう本当に思い切ってはっきりと先に行ってくださいと言い、ここで朝食をと思った。

もう少し行くといいところがあるよとブルーベリー氏は言うのだが、野遊は休みたかった。そのときブルーべリー氏が奇妙な顔をしたが、ま、いいやという感じで先に行った。ついて行けない野遊は申しわけない気がした。

それでやっとひとりになって腰かけたが、おにぎりを出しても食べたくなくなっていた。

ここで野遊は気づくべきだった。こんな調子じゃ登れないのではないかなと。でも行くつもりしか心になかったので、自分がすでに登れる体勢を崩していることに気づかなかったのだ。(これが反省の1 これはヘンだぞと気づくべきだった)

ブルーベリー氏の、野遊を見た一瞬の奇妙な表情、あれは、こんなので登れるのかなという思いではなかったかな。