朝日連峰 障子ヶ岳 7 「紫ナデ」

そこからの登りの猛烈な暑気は、大変なエネルギーの消耗となったが、野遊は暑さを苦しいとは感じていなかった。もっと暑い山行を体験していると思うし。
しかし胃がふさがったような感じが治らないのには閉口し、フルーツ味のソイジョイを食べようとしてもダメ、塩味の豆を口に入れても、たった2粒くらいなのにいつまでも口の中に詰まっていて、飲み込もうとすると吐き気を催す。
(反省2・パンがゆでも作って飲み下せばよかった!)

左前方に障子ヶ岳を眺めながらの道はすばらしい。障子ヶ岳は、朝日連峰には珍しい岩壁だそうだ。こちらから見あげる壁は、荘厳というよりは近寄りがたい顔をして見えた。障子ヶ岳は1500m足らずの山の様相を呈していない。あそこが深い雪で覆われる厳冬期、その姿は日本の最高の山々と肩を並べるだろう。雪のつきにくい壁を雪はどのようにして塗り込めるのだろうか。5月になると、岩の黒と雪の白がまだらに染まる時期がくる。岩肌をだんだらに残しながら染める紅葉も鮮やかだという。

真っ青な空をバックに控えさせて、障子ヶ岳は気難しげにそびえていた。
あれはきっと野遊に「帰れ」と言っていたのだろう。もう午後になっていた。
反省3は、あそこで引き返さなかったこと、と野遊は書くべきなのだろう。けれど野遊はそう書かないよ。野遊は紫ナデから1時間で障子ヶ岳、そこから1時間で天狗の小屋かと思っていたのだ。昭文社の地図ではそうなっていた。が、よくよく見ると、障子ヶ岳から分岐までが1時間、そこから天狗の小屋までの時間(20分)が記入されていなかった。あとで入手した地元マップには、そうなっていた。

紫ナデの手前あたりで、水が不足してきた。紫ナデ。ムラサキナデ。ナデとは雪崩のことだ。豪雪期は紫に雪崩れるのだ。標識が立っている。そこからの障子ヶ岳は、先ほどの岩が角度を変え、長い長いきれいな登り道になっている。
障子ヶ岳に向かう途中で、後ろから二人組がやってきた。
水が余っていたら欲しいなぁと思いはしたが、それをやっちゃぁおしまいよ。
(ここで反省3・水を請えばよかった。人さまの水を分けていただくのは、ある意味最低の行為だ。けれど、野遊はそれをすべきだった)

暑さのため彼らも見るからにバテバテのようで、重そうな荷を背に腰に支えながら、しばし立ち止まったりしていた。
「5時までに小屋に着けばいいと思っている」と、彼らは言った。
野遊を気遣ってくれていたが、野遊は、その彼らにさえもついて行けなかった。