朝日連峰 障子ヶ岳 9 「熱中症」

あんなに汗が出ていたのに、ぱったりと出なくなった。皮膚が熱く、サラサラしている。これはアブナイ〜このまま水分なしでがんばって歩けば、熱中症で失神してしまう〜でも休んでばかりいたら進まない〜アドレナリンが〜乳酸菌が〜ミトコンドリアが〜頭でわかっていてもどうしようもない。

ではどうしようか、ゆっくりでも前に進もう、と思うしかない。熱中症で倒れる時って一気なのかな、それともある程度コントロールできるのかな、気の確かなうちに少しでも歩を進めよう。ノロクサながらここまで来たのだから、天狗の小屋には、あと1時間足らずのはずなのだ。

草の汁は吸えるかな。朝方は露を含んでいた草々はカラカラになっている。一葉取って口に入れてみた。噛んでいると本当に草の味がした。体験がないことなのだけど、草の味だ〜と思った。でも水分なんてちっとも感じられなく、やがて道にペッペした。もう草なんかやめた。

草はそれでもひんやりしている気がして、草の中に顔を突っ込んで気を覚ます。「草さん、野遊を天狗の小屋に行かせてください」と。「もう山に登らないから今回だけ助けてね」と。「ほんとうだからねほんとうだから」山なんてバカらしい、無意味だと心底思った。何で山に来るのかと。賞状1枚もらえるわけじゃなし、だれにほめてもらえるわけじゃなし、成績があがるわけでもない、何でよね。

あんなに暑かった空気はいつかやわらいで、時折気持のいい風が吹いた。ア〜気持いい〜と思ってまた立ち止まっている。まだ明るいし、眠いのだから寝てもいいのでないか、この眠気が取れればずいぶんすっきりするんだからと、野遊はとんでもない道端にザックを投げ出して寄りかかって眠った。一瞬気が遠くなり、向こうから、朝会ったブルーベリー氏が、水を持って迎えにきてくれる夢を見た。

もうひとりの自分が、そんなことしていたら日が暮れてしまうよと言うのだが、心より体の誘惑のほうが断然強力だった。

うっつらすると、ハッと目がさめる。いっそ30分ほどぐっすり寝てしまえばいいものを、それもできない。ちょいちょい座り込んではうっつらしてばかりいたが、そんなことでは復活しないのだ。かえって時間と共に体が渇していくばかりだ。さあ立って歩こう、と思いながら目をつむっていると、どこかから靴音が響いてきた。後方から聞こえてくる。あり得ない。後ろの道筋は見渡せるのだ。今から来る人があるわけもない。ふん!と思って立ちあがり、靴音をふり切るように歩きだした。