朝日連峰 障子ヶ岳 18 「8の字登山」

小屋番さんのいる日の天狗小屋の夜はお酒と共ににぎやかだ。初日の夜だが天狗さんの話で、「8の字登山」が出てきたときは興味を持って耳を傾けたが、実際の体験談ではなかった。
天狗の山から以東岳に向かう道がある。バカ平から入り天狗から以東、狐から天狗に戻って障子を越えて下山の8型のコースだ。名称も、よくつけたものだ。
荒れて難しいコースだと野遊は思っていたが、この天狗から以東への道は廃道だそうだ。どうしてかというと、費用の関係で整備をしないと決まったからだそうだ。人為的な事情か。残念。

しかし整備されていない道は登山道と呼ばないし、歩いてはいけないというのが基本だ。今はバリエーションルートとして、点線で地図に記載されてあるが、天狗さんは「バリエーションルートには二種類ある。難易度が高いという場合と、廃道と」と言う。「廃道は地図に記載してはならないんだ」と。それで地図を作る会社に「ここを書かないで」と言っているそうだ。

危ないからだ。遭難したら救助しなければならない。責任外の場所でルール違反を犯した登山者を救助することとなる。けれど具体的にそういう例はまだないそうで、登る彼らはそれなりの登山者なのだろう。だからいいということではないが。

上から眺めると、微かに筋が見える。歩けば道はなく、草むらに這いつくばって草の根を見分けて道を探さねばならないだろうと。

天狗さんは「あんなとこ歩いたって自慢にもなんにもならない」と、強い語調で繰り返した。「それをさも偉そうに吹聴するから、ほかの奴らが、自分も登ろうとしてしまう。バカな連中だ」まるでここにそういう登山者がいるかのごとく攻撃口調で言う。危ないからやめるべきだと天狗さんは言っているのだ。

野遊はネットで8の字登山報告を読んだことがあり、今より道がまだ残っている時分のことだろうが、困難そうで、よくやったなぁと思ったのだった。見知らぬだれかがそう思うだけのことだが、それなりのことでもあると。朝日ファンは、以前あった登山道なら、ここも歩きたいと思うのではないだろうか。駆り立てられるのではないだろうか。男のロマンってものではないだろうか。男のロマンってばかばかしいのだけど野遊は好きだ。

でもこれからは益々道が消えて、もう登られなくなっていくだろう。管理側の事情で蓋された道を、今年から突然一切通りません、という状態にするのはムリで、これは徐々になのだ。天狗さんの言い分は正しいと思うが、そこを登って公言?したくなる人の気持も野遊はわかるよ。天狗さんだってニンマリしながら「全山縦走した(北へ、朝日軍道)」と言ったではないの^_^;

朝日連峰は南の葉山、御影森山から北の高安山〜あたりまでだろうか、南北に貫かれた長大なる縦走路(軍道に重なる)と、そのほかに横腹からのコースとして新潟の三面登山口から大上戸、相模山を経て稜線に出るコース、そして大井沢から天狗を経て稜線に出るコースと、十文字になっているが、朝日全山完全縦走というならば、この8の字登山も当然入るはずだ。10年後には違っているだろうが、今はまだかろうじて登山者の口から口へと生き残っているのだから。