鈴鹿の鋭鋒 鎌ヶ岳  6/no,6 「ゴミが落ちていた(T_T)」

ラストの章に書くにはふさわしくないけれど・・・

鎌が岳の登山道で、缶や、キャンディの包み紙などを多く見た。どうして捨てるのだろう、自分の持って来たものなのに(T_T) 胸が痛い。

拾おうかと思ったけれど、キリがなかった。結局そのまま見過ごして通り過ぎたが、帰ってから、道のゴミ、というより、その道が目に浮かんで、心に引っかかるのだ。

御在所周りは、もっと多いのではないだろうか。今年の1月は、一面の雪で、だれもいなかったし、落ちているゴミはわからなかったが、頂上に灰皿が設置されてあった。きっと吸殻を捨てる人が多いからだろう(T_T)雪に突きささっている吸殻もあった(-_-;)

タバコを吸うのは自由だが、吸殻は自分で持ち帰る物なのに(T_T)

足跡と同じ数のストックの穴を見た。もろい土の上に、それこそ「惜しげもなく」グサグサと突っついた跡(T_T)。 靴で踏むだけでも山は痛むのに、ビブラムつけたストックで突いただけで山は痛むのに(T_T)

なんでむき出しで地肌に突き刺して使うのだろう。雪上のピッケルじゃないのに。

人間が山に調和し、優しく揺すられて歩けるはずの山を、汚しちゃいけない。人間が気をつけても、歩けばそれだけ山が痛むことを承知で、人間は山に登るのだから、できるだけ大事に登らなければ。

鈴鹿の山、ゴミだらけ(T_T)

鈴鹿の山よ、あなたもか(T_T)

鈴鹿の山、かわいそう(T_T) 

こんど行くときは、野遊、大きめのゴミ袋持って行く。そして、そこに入るだけくらいだけど、ゴミ、拾っていくからね。 拾いもしないで通り過ぎてしまって、ごめんね、鎌ヶ岳。

海も山も人間が置いていったゴミだらけ。野遊は朝日連峰と比べてしまうようになっているのだろうか。朝日連峰は登る人たちが、大事に大事に思う仕組みが成立しているのか、ゴミが落ちていないのだ。でも、どの山も大事だ。まるで自分の首を締めるように自然を汚していく人間に、拓ける明日はない。     


鈴鹿の鋭鋒 鎌ヶ岳  了