朝日連峰北方 26 以東小屋の夜は宇宙の世界

ついに暮れた。でも山の向こうがぼんやり光っていて、周囲はまだ明るい。小屋の中はほぼ真っ暗だ。外でゆっくり夕食を、などと思っていたが、夏のキャンプファイヤー的にはいかず、寒い。

仕方ないので中に入り、バーナーの「ボッ!」にビクビクしながら点火して、今日はチャーハンだ。アルファ米の袋にお湯を入れる。それと粉末のコーン・スープだ。予備日用に似たような乾燥食料があと1食残っている。
山では何でもおいしいはずなのだが、軽量化に優れたこれらの食料、どうもおいしいと思えない。空腹だし、食べられる量のはずなのに残したくなってくる。でも食べ残しを持ち歩きたくないので、我慢して少しずつ食べる。

ああ、山形のお蕎麦を食べたいな。下山したらきっと食べよう。食べるからね〜楽しみ。

左手が疼く。腫れている。あのとき右手の虫の刺し跡(噛み跡?)を絞ったのだけれど(手で絞れず、歯で小さく噛んでしぼった。少し血が出た)、左手の親指と人差し指の鞍部はすでに固くなっていて絞れなかったのだ。そこがズキズキする。指も曲がらないので、右手だけを使って作業していた。

ところで心の行き届いている以東小屋さんだが、服を吊るそうとして驚いたことに、張られたロープにぶら下がっている洗濯バサミが、みごとにことごとく壊れていて使い物にならなかった。明日着る衣類をロープに二つ折りにしてぶら下げながら、「次に来るとき洗濯バサミを寄贈したい」と思った。洗濯バサミなら毛布と違って軽いからね。

それから2ℓ入りのペットボトルもあったらいいな。空なら持てるかな、かさばるけど。こちら側から登ればできる。など考えて寝た。それから以東小屋に野遊は・・・あ、想像が発展し過ぎるわ、ちょっともうやめようよ。でもゴニョゴニョ・・・考えている。

そのうち今日の相模山とか、以東の登りとか思い出されて眠れなくなり、外に出た。
お〜、・・・恐ろしいほどの満天の星。キラキラではなくギラギラ。黒々と流れている尾根尾根は美しいというより不気味。自分の足元はガスで見えない。グラァ〜と目がまわる。メルヘンチックな夢のメリーゴーランドに乗っているのではなく、悪魔のメリーゴーランドだ。

大魔王よ遠慮なく降臨せよ。野遊を連れて行ってもいい。と言いながら膝頭はガクガク。

小屋に戻ろうと向きを変えるとワァ〜!!こっち側は街の灯が見える。灯の海だ。あれは鶴岡だ。黒さで隔てて左下方にも灯の群れがある。こちらは弱々しい感じで、あれは新潟だろう。あそこは街というより山間なのだろう。
ああ、人間が暮らしているのだな。生意気にも野遊は、その灯ひとつひとつに愛おしさを覚えた。

深夜になって「今度こそ寝つくぞ」とトイレに立ち、もう一度外の景色を見た。街の灯はまばらになっていた。星は激しく瞬いているのだが、四囲暗闇だ。・・・宇宙だ。「以東小屋の夜は宇宙の世界」だ。もう文章に書けない。あの映像、あの感覚は、野遊の魂に沁み通り表現を封じた。