裏剱(8)新乗越を登る

ぞろぞろと雷鳥沢下を横切って、ガイドが歩きながらふり返り「新乗越から行きましょうか。あまりこちらから行かないでしょう」と言った。
雷鳥沢をそのまま登っていくよりも、新乗越からのほうがちょっとゆるめで長めなのだ。今日は時間的にゆとりもあり、ガイドの独断なのだが、彼は我々を、より楽しませようと配慮してくれたのだと思う。

野遊は、一昨年の夏、この新乗越を体験している。ゴスケとプー子の3人で、大日、奥大日岳を歩いてここを下った。
きれいな景色にプー子が喜んだ姿を思い出しながら、懐かしい気持でゆっくり登った。

先頭を見あげるとガイドは1歩1歩静かに歩いていた。
その物腰は柔らかで如才なく、絵のようだった。
しかし止まらない。次第に遅れる者が出てくる。

1時間に1回くらいの休憩で、歩き始めるときにガイドは
「そこの緑の帽子の人、前へ」とか指示し、目立って遅れる人をガイドの後につけた。そしてまたゆっくり登っていく。

左に奥大日岳が大きく聳えていて、なるほどこうして見ると奥大日は雄々しい山だ。深田久彌は『日本百名山』を書き終えてから、奥大日を入れなかったことを後悔したとエッセイに書いているが、その気持、よくわかると思った。

上空を先ほどからヘリコプターが飛んでいる。何だろう。大きな事故でもあったのだろうか。場所が剱なので、滑落とか怖いことを想像してしまいそう。何度も飛来する。
野遊の後ろの男性が、「この紅葉を撮影しているのかもしれないね」と言うので、それならと一緒に手をふって、「紅葉の中を行く、まいたびメイトですよ〜望遠で撮ってね♪」と言って遊んだ。(後日知ったことだが、前日に、家族から届けのあった行方不明者を探していたそうだ。残念ながら、今も見つかっていないそうだ)