裏剱(16)八ツ峰

おお〜!!これが裏剱、八ツ峰の景観だ!
入山日、バスの窓から見たあの峰々が、その日その時と角度をずらし、今、池を隔てて色とりどりの紅葉を従わせ、すっくと聳えているではないか。
肩をそびやかしてもいない。チンネ、小窓王、惜しげもなく目前に横一文字ど真ん中だ。それは回し絵のように反転して、青い空、青い水に、くっきり上下に映えていた。

これが見たかった。野遊が夢にまで見た仙人池の裏剱だ。
ゆくりなくも野遊の目から、パラパラと涙が散りこぼれた。人は言葉が出ないと涙が出るのか。

2年前、癌で逝った、野遊の二番目の姉の夫君の愛した剱。
クライマーだった義兄は、この岩峰に惹かれたのだな。
「お兄さん、剱よ・・・」隣に亡き義兄が座っているように感じた。「こうやって一緒に観たかった」