裏剱(19)神の国

今日は阿曽原まで行く。仙人池小屋出発は6時半。朝食を前に外に出て、仙人池の写真を撮った。小屋の人も出てきたので、今日はいい日なのだろう。出発は、今日の行程は短いので、6時半だ。朝日が出てくると八ツ峰が上のほうから赤々と光り出し、その光景は神の国のようだった。

5時半、食堂に行けば、温かいお味噌汁とご飯が準備されてある。おかずもいろいろあって、野遊の「山小屋の朝食イメージ」とかけ離れている。
食後のしばし、熱いお茶を飲みながらストーブにあたり、テレビの朝の天気予報を見あげる。それからニュースになったので場を離れようとしたら、どこかのどなたかが自殺したというニュースが流れた。よく聞いていなかったのでいきさつなどはわからなかったが、大人の人だった。よほど辛いことがあったのだろうか。
「死ぬほどなら、山に来ればいいのに。この景色に包まれたら」
思わず野遊が言うと、小屋のバイトのお姉さんが、クルクルした瞳を大きく開いて身を乗り出し、「そう、そうですよねぇ〜」と同意してくれた。

野遊の安易な感想だったが、でもやはり、山の空気に触れるとすべてがリセットされる瞬間がある。事態は変わらなくとも、心が変わることもある。活路を見いだせることもある。この神の国に包まれたなら。
ニュースの人は、なんで死んでしまったのだろう、どんな気持だったことだろう。わたしたちが山に向かって一心でいる同時期に、死を選んで行動していた人がいるのか…心で手を合わせ、ちょっと引っかかりながらも、さあ出発準備。