裏剱(35)怪我婦人と共に、まったり過ごす

野遊と一緒に列の最後尾に着いたのは怪我婦人だ。彼女は添乗員K氏と共に一足先に欅平に着いていたが、我々を待ってくれて、昼食を済ませていなかったのだ。
それが列の最後になってしまうなんて、なんとおっとりした優しい人なのだろう。
時間があるのでゆっくりできる。最後でもいいよね。

ふたりで外のベンチに座って山菜蕎麦を食べた。
彼女がこのコースを選んだのは、仙人池ヒュッテの名物おばさんに会ってみたかったからだそうだ。おばさんは、今年はいなかったので、彼女のためにも残念だった。

おばさんは高齢で、あの奥深いところまでは、もうなかなか行けなくなってきたようだ。「街ではだれも訪ねてこないけれど、山小屋にいると、いろいろな人が訪ねてきてくれる」と、おばさんは発言しておられる。

野遊は、怪我婦人に聞いた。「志合谷トンネルは、わたしたちは大人数でライトをかざして歩いたけれど、貴女はたった二人でこわくなかった?」
「Kさんですもの、信頼していたわ。こわくなどないわよ」
野遊「でもあの、暗かったでしょう、二人分のライトでは」
「出かけるときが真っ暗だったから、同じことよ」

彼女の顔面の傷は痛々しく、鼻の中は、まだ固まった血が詰まったままだった。
(後日、彼女は写真を送ってくれた。傷は完治したそうだ)