ヒマラヤ山行 (11)現地の生き物 犬の話 Ⅰ「人を噛むことを知らない野犬」

犬はカトマンドゥのそこここにいて、人の暮らしに交じっている。申し訳ないほど人なつこい野良犬たち。街中で、群がる鳩の真ん中に寝そべっている犬もいた。あんまり無防備な姿態を晒すので、暑さにくたばっているのか討ち死にかと思ったほどだ。

ヒマラヤ街道に入っても元気そうな犬たちがたくさんいたが、どの子もちょっと相当モーレツに汚れていて、生まれて一度だってシャワーも浴びたことがないのだろう。野遊は仏の手になって、ネパリドッグを1匹残らず、ゆっくりブラッシングしてやりたいと夢想した。

ルクラから始まる我々のトレッキングに、何匹かの犬がまとわりつき、そのうちの2匹がずうっとついてきた。白犬と黒犬で兄弟のように見えた。タレ耳でシッポはふっさりした毛並で巻きあがっていた。どういうつもりでこんなについてくるのか、別にだれも構っていないのに、なんとかわいい心だろう。

食べ物が目当てだと言う人もいるがそれだけではないと思う。人に親しんでいるのだ。

どこだったか、道で正体もなく寝そべっている大型犬の足?を踏んでしまったトレッカーがいた。犬は「キャワヮヮ〜ン!」と叫んで跳びあがり、そのまま一目散に逃げて行った。登山靴だからどんなに痛かったことか。攻撃されたら飼い犬でも、敵意はなくとも咄嗟に反射的に噛みつくものを、ネパリドックは先天的に人を噛むことを知らないのか。

「ネパリドッグなつこい」と思っていたら、我々の宿泊地キャンズマで、ちょっとコワゲな犬発見。
大きな黒犬で、売店の間をうろつきながら、通りすがりのトレッカーを怒っていた。トレッカーの右前方に足を踏ん張って立ち、ウウと唸る。
トレッカーは犬を見て「何これ」という感じで通り過ぎていくが、中には犬が好きじゃない人もいるから、急いで立ち去る場面もあった。
確かに、犬が唸ると突然危害を加えられる可能性を感じて、だれも緊張するものだ。
野遊はこれらを自分の部屋の窓から眺め降ろしていた。
またトレッカーが通り過ぎようとしている。黒犬がまた怒って唸っている。
あきらかに「早く去れよ」と脅している。通り過ぎるまで威嚇している。なんだろう、違和感でもあるのだろうか。トレッカーに何か言いたいのか。黒犬が埋めた大事な物でも踏んづけて歩いていたとか。


野遊がそこに降りて行ったとき、やはりその黒犬はそばにいた。
狂犬病の注射もしていないし犬には触りませんと、仲間のご夫妻クライアントの言葉は教訓とすべきと思うので、野遊もコロコロに触ったりはしなかった。すごっく汚いし。毛が剥げているのとかいるし何か病気だったりして。

でもこの黒犬が何でこんなに気を悪くしているのか、あまり幸福そうに見えなかったので、なぐさめたかった。それで少しだけそばに行った。それからまた少しだけにじり寄って近づいてみた。黒犬はジッと野遊を見ていた。顔はさっきのままで険しい。野遊だって唸るワンコはコワイのだ。

でも野遊の体からは親愛の情がふんわりと流れてユラユラ周りを包んでいたからね、その空気がワンコの体に触れるでしょ、ほらね、黒犬の表情が和らいでくのが見て取れる。

手の甲で下から、そうっと黒犬に触れてみる。あとはそのまま。やがて野遊の足の付け根あたりが重くなってくる。黒犬が腰を寄せてきて、ズズズ〜と野遊にもたれかかっているのだ。結構力があるな〜かわいいな。ベッタリはかわいがれないけど、そうやってそうっと心のふれあいでね。あ〜この感触、世界一可愛いわ。

次の日の朝、みんなでキャンズマを後に出発すると、なんとあの黒犬が追いかけてくるではないですか。トレッカーに唸るのかな?いえいえ!野遊のこと覚えていた!その子は野遊めがけて走り寄り、昨日のように下半身を寄せてきた!うわうわかわいいな、でももう行かなくては。ごめんね元気でね。

野遊になつく犬を見ながら、「何かかまった?」と聞くクライアントあり。ギク。
野遊「(今日は)何もしてません(^_^;)」。



あとこの十倍は書ける犬の話。