ヒマラヤ山行(25)ヒマラヤ見たさに身の程もわきまえず!

モン・ラ3973m。ドーレ4040m。マッツェルモ4410m。ゴーキョ4750m。ゴーキョP5360m。この日々が最も苦しかった。自分の感覚が横柄になっていった。まず着替えが面倒になっていった。

持参した服は3種類。行動用の服一式に、その着替え一式。それとロッジに着いてからのくつろぎ着としてフリース上下。就寝もこれで。
下着は何種類か多く持った。ヒートテックの肌着も三着。ナムチェまではほぼ常識的な衣服でいられたが、それ以降は寒くて、行動も就寝もヒートテックを着用。登りながら汗がポタポタというようなことはなかった。ダウンも着て寝た。

ところが感覚が横柄になると、行動中の肌着と就寝用の肌着の区別が面倒になっていき、着替えるときに体を拭く大判の除菌ウェットテッシュが氷のように冷たくて嫌になった。それでもキッチンボーイがお湯を持ってきてくれるのを待って、そのお湯にテッシュを入れて温めてから使ったりしていたが、やがて服を脱ぐことが寒くて嫌になっていった。

食べなくてはならないのに「別にいいや」と思ったりするのもこれだろう。

ことほどさようにすべてに渡り、いろいろなことに気がまわらなくなっていった。高度が増すということは、こんなに人間を変えるものなのか。野遊みたいに体調がボロガタになると、世界まで変わってしまう。そこを決意して出かければ、ある程度は防げるかもしれないけどね。最初から無防備なんで。

高度が増して苦しくても意識をしっかり保てる人もいるし、心肺が強くて別に何ともないという人もいるだろう。クライアント方が、野遊が口もつけられないお料理をしっかり食べている姿はすばらしいと感心した。

野遊は行動中、前を歩く人との距離をあけてしまうようなことはなかった。
でもロッジに着いて、ようやく椅子に座り、じんわりと無念さが込みあがってくることはあった。座れば何ともないのに、なんでほんのさっきまで、歩きながらあんなに苦しかったのかと思う。情けない。


ロッジに到着して、しばらくすると一人、また一人と、遅れて到着するクライアントがいて、さらにしばらく待つと優秀な鬼コンダクターと一緒にゆっくり到着するクライアントが現れたことがあり、みんなそれぞれの中でそれぞれがんばっていることを知った。苦しいのは野遊だけじゃないのだ。

と思っても次の日歩きだすと、また苦しくて、あ〜身の程もわきまえずにと自責の念にかられるのだった。

ヒマラヤ見たさに身の程もわきまえず。と、自分の心に何度も言った。

来なければよかった来なければよかった来なければ!と、何度も思った。

出発前に心配してくれた姉を思い出し、お姉ちゃん助けて、5分だけ代わってと思った。