ヒマラヤ山行(27)お昼寝厳禁 鬼の鞭

このトレッキングはたいてい午前中行動だ。今日宿泊するロッジに着いてランチ、そのあと、部屋のキーが配られ、夕食まで自由。トレッキング前半は、高所順応のご近所ハイクがある。

高度が3000mくらいまでは、物足りない気もしたが、こうしながら徐々に高度を上げて体を慣らすという方法は、ヒマラヤトレックを安全に進める上の必須事項だ。苦しさを体験してようやく思い知った。

夕食はほかのトレッカーがたと重ならないようにとの配慮からか、いつも18時半ということになっている。

優秀な鬼コンダクターは、我々がロッジに着いてランチを済ませ、各自部屋に引きあげ、その後お湯が配られてからやがて、もう食堂に集まるようにと指示する。野遊は手のろいのでモタモタしていて結構忙しい。お湯をもらってゆっくり着替えて、部屋を整理してから食堂に出ていければと思うのだけれど、それこそ大急ぎで支度して、あとは散らかしたままで出て行かなくてはならなくなり、今日はもう行動しないのに、なんでこんなに急ぐのかと思う。

それに、冷えた体は食堂にいても温まらない。昼間はストーブに火が入っていないことが多く、野遊なんて下半身が寒くてしょうがない。部屋も寒いけれど、ベッドにシュラフを広げ、下半身を入れて足先をマッサージするととても楽なのだ。

不眠の野遊、歩き終わってランチを済ませ、下半身が温まってくれば当然、うっつらしてくる。ああいい気分、ほんのちょっとだけ…
このわずかな休憩、体が温まって目を閉じてふんわり呼吸する。ほんのちょっと(10分でいい!15分では寝てしまうから)だけど、この後、疲れもやわらいで意識がハキッとする。これをしたかった。でもこれが許されなかったのだ。

ドアーがドンドンドンドン!!!
「起きてください!」(何でわかるのでしょうか)
「はい」と返事してドアーを開ければ鬼コンが仁王立ち。
「寝てたでしょ、声でわかるんです」
お茶を出すので食堂に来るようにと言われ、スゴスゴあとについていく。


次の日も、片づけをしている最中にドンドンドンドン!!!
「起きてください!」
ドアーを開ければ鬼コンが仁王立ち。
「寝ていませんが」と言うと、
「わかります」(何がでしょうか。目が疑っている)
「食堂は温かいですよ、お茶もありますし」
夕方でなくてもストーブを炊いてくれるロッジもあった。
でも!ゾッキョの糞を燃料としたストーブが嫌なんだってば!
・・・鬼や。と、スゴスゴあとについていく。

昼寝しなければ、疲れているのだから当然夜眠れるはずだと思い込んでいる体育系。

先を歩きながら鬼コン、
「僕はエリ子さんが今、何をしているのか、全部感じ取ることができるんですよ」
すごいなぁ、きっと本当なのだろう。ちょっと違うけど。
(鬼コンの彼女にもそう言ってあげてね。全然意味違うけど♡ )


食堂に集まって、ただ何となく雑談など交わしながら時間をつぶす。ムダな時間だと思う。でもこれは眠らないための所作なのだ。

疲れているときは視界に何か入らないほうが楽で、目を閉じると沁みるように軽い痛みが走る。目も疲れているのだろう。(野遊はゴーグルでなくて登山用サングラス)
椅子に掛けたまま目を閉じると、すぐに鬼がやって来て、「起きてください」。
ちょっともダメってなんで。野遊がそのまま目を閉じていたなら、肩でもド突かれそう。

クライアントが先ほどから目を閉じてじっとしている。それを見つけた鬼は、「あ」という感じで彼に近づいて行き、ちょい手前で立ち止まり、「ううむ」という感じで声をかけるのを躊躇した。そして困ったような微笑を浮かべながら彼の前を行ったり来たりウロウロ。

やがて彼の大きな図体が横にかしいでいき、隣のクライアントが肩をたたいて起こした。すると鬼は「ああよかった」という微笑を浮かべて立ち去った。鬼も気を遣っているのだなと感じたシーンだった。(野遊なんて鬼にとってはゾッキョ以下なのかも)

昼寝してしまうと夜眠りにくいし、寝入りばなに酸欠状態になり、高山病になりやすいのだ。それは夜の就寝も同じ原理だけど、眠るべき夜の1回きりにしましょうねという意味だ。ちょっとの隙も厳禁されたのは辛かったけれど、野遊が高山病にならなかったのは、鬼の鞭のお蔭だろう。