ヒマラヤ山行 (28)現地人シェルパ

ヒマラヤ山行をしなくても山好きは、たいてい「ナマステ」と「ビスターリ」という言葉に親しんでいるだろう。ほかに「チト」「タギョ」などはネパリジャパニーズ用語みたいな感じで山屋の間で使用されていると言えるかな。それはシェルパがたと親密に交わりながら7000,8000m峰を目指す登山隊の人々の場合かもしれないが。

野遊が好きなのは「ラムロ」。「ダンネバー」も。頻度は、最多のナマステの次くらいに口にしたと思う。黙っていてもいいけれど、嬉しさを表明したりお礼を述べれば、ネパリは必ず温かい笑みを返してくれた。

ネパリは陽気なのだろうか。本来そうらしいけれど、その逆にも思える。それは最初から雇う側と雇われる側の立場の差があるからだろうか。そういう歴史がずっと続いて身についた面かもしれない。

このツアーのトップを歩くシェルパは日替わり担当で、サーダーと打ち合わせ済みのリーダー(鬼コンダクター)が、出発時に「今日はビルさんに先頭を歩いてもらいまあす!」など体育系の声音で呼ばわるのだ。日本式で「さん」付けで呼んでいた。

11人のクライアントの中途に入って歩くキッチンボーイのシェルパは、先頭や殿を歩くことはない。シェルパがたは全員歩き方がすごくうまい。

彼らシェルパが、「はぁ??」というような不思議な表情をした一瞬を、野遊は2回、記憶している。両方とも歩くことに関した場面で。

例1・リーダーの声が飛ぶ。
「00さん(今日の先頭シェルパ)、ビスターリ、ビスターリ〜!」
これは多分、列が乱れそうになったり、うしろのほうが開いてしまったりしたのだろう。
それでも先頭の速度が落ちなかった。
それはちょっと傾斜がかかった坂道で、片足が地に着くとほぼ同時にもう一方の足をあげなくては付いていけない速度だった。

このときはトレッキング前半だったので、先頭シェルパは速度を、まだつかみにくかったのだろう。
「00さぁん、もっと速度落として。ビスターリ!」
再度リーダーの指示が飛び、先頭シェルパが振り向いて、無言のまま後方のリーダーを見た。その目が何とも言えなかった。なんだか恨めしそうな目に見えた。でも言い返せない目に見えた。

本当はそうではなく、日本語ですぐに反応できなくて、黙っていたのだろうけど、シェルパの目って、物言いたげな、憂いある目だと思う。

彼は多分「これ以上どうやってゆっくり歩くんじゃい」と思ったのだろう。
ノロク歩く感覚に慣れるまで、彼も相当歩きにくかったのではないか。彼らは別に息苦しいこともなく、野遊が普段街を歩いているような感じなのだろう。

例2・英語が話せるキッチンボーイに、野遊が(英語で)「あなたは歩き方がとても上手ね」と言ったら、不思議そうな表情をされた。彼らにとって「歩き方がうまい」なんてほめ言葉でも何でもなく、「はぁ??」の世界なのだろう。


彼らはシェルパという仕事に就くのでシェルパなのだけど、シェルパ族はその中の一握り。ヒマラヤ山麓のおびただしい集落には、それこそたくさんの人種が住んでいる。でも彼ら「シェルパ」は皆一様に強い。だって生まれたときから高所で育ち、暑さ寒さに包まれ、裸足で育ったりしているのだもの。野遊は、シェルパはこの世で一番強い人種だと思う。

もし鍛えたら、オリンピックのマラソンで金メダルです。

さあ、このシェルパがたが先頭と真ん中と殿について、いよいよこの山行の最高峰、ゴーキョ・リ5360mの麓に立つ!
次回は「ゴーキョ」4790m