ヒマラヤ山行(33)レンジョパス越え断念

ゴーキョに連泊して、二日目はチョ−オユーBC方面にトレッキング。
これは天候などでゴーキョ・ピークに登れなかった場合を考えての予備日。

この日、リーダーが明日の予定変更を発表した。
例年より雪が深いため、行程9時間のレンジョパス越えを断念することになった。
明日からは来た道を戻る。全体的に少しゆるりとするけれど、日数は同じだ。

リーダーはクライアントがたがちゃんとわかるように、レンジョパスの状況を具体的に説明した。
実際に越えて来たトレッカーは、一気には越せずに途中でテント泊をして、ほとんど遭難状態で到着したそうだ。
行程が長いために早朝出発になるが、凍結した道を、アイゼンなしと謳ったトレック隊が行くのは危険だと判断したのだった。
だれも反論しなかった。

リーダーは未練がありますかと聞いた。野遊は「往きは必死で景色もよく見なかったから、初めての道みたいでちっとも嫌じゃない」と答えた。そばにいた大阪のクライアントが「小学生みたいなことを言うね」と笑い、場をほぐしてくれた。でも野遊は「未練はありません」と答えたのではなかった。

夜、歯を磨いていたらリーダーがやって来て再び「未練がありますか?」と聞いた。・・・野遊は即答できなかった。なぜって・・・歯を磨いていたので(^^;)。別のクライアントがやって来てリーダーに話しかけ、そのままになった。

次の日の朝、リーダーは、食堂に全員そろってから、一番あとに姿を現わした。この山行で初めてのことだった。いつものように颯爽として「おはようございます!」と言わない。普通に「おはようございます」と言い、すっかり鬼コンダクターではなくなっていた。
「さあ、みんなでそろってレンジョパスを越えましょうね!」という彼の声を、もう聞けないのだなと思った。

気のせいか、いつもよりおとなしい感じのリーダーに、野遊は何だかかわいそうな気がした。それで朝の健康チェックで、健康手帳に血中酸素飽和濃度を記入する際、メモ欄に文を書いた。このメモ欄は健康上の特記事項で、野遊も質問があったときなど記入しただけだったが。
「未練と不満は別物。全員この変更に不満はありません。リーダーの名判断!」

・・・ここでも野遊は「未練はない」とは書かなかった。でもリーダーは、この通信文を素直に受け取ってくれて、お礼を言われた。そして「また書いて」と言われた(^^)。

野遊は健康への質問でないのに書いちゃったけどいいのかしらと思った。じゃあ書こうかな。いざそうしようとすると、数値を記入してすぐ返却する手帳なので、よほど心で用意していないと書けないのだった。疲れていると頭がダミダミで文を書きづらい。上記の1文でも、野遊は相当エネルギーを使ったのだった。野遊はリーダーを励ましたかったのだなあと今思う。「全員〜」と書いたのは、野遊もクライアントがたに交じって過ごしているのだ。皆さんお行儀よく、それぞれの健闘をたたえ、リーダーの判断を支持していた。そこから不満をこらえている魂は感じられなかったと言い切れるので、それをリーダーに伝えたかったのだ。
レンジョパス越え断念。こうなった以上、これが正解だったのだ。
けれど未練はある。