ヒマラヤ山行(36)ハイライト! チョラパス、レンジョパス

期待していた山を見たときの喜びは格別なものがあるが、思いもよらぬ喜びもある。それは岩峰だった。二つの岩峰。

Pharilapghe 6017m …ゴーキョから見てドゥドポカリの向こう岸、レンジョパスの前面に聳えている。
Cho La Col 5690m …チョラパスの岩壁。ゴーキョが背負っている氷河の北東に聳えている。この岩壁が眼前に迫る下を歩いて峠越えする。

これが、野遊が思いもよらず心に残してしまった岩峰だった。

厳冬期は全身純白の衣に包まれ、3月下旬の今、遠くに近くに並み居る周囲の山々が、まだふっくりとシフォンケーキ状態の中、この岩峰はすでに上半身の雪を蹴散らしていた。岩ひだにへばりつく雪の白と、岩の黒の強烈なコントラストが凄まじく、格調高い交響楽が聴こえてくるようだった。

ああこんな岩壁が日本にあったら、人々はどう呼ぶだろう。「黒部の魔人」「怪人」「巨人」「滝谷ドーム」「屏風岩」「独標」「ジャンダルム」「衝立岩正面壁」・・・日本人は濃やかだから。

チョラパスは、5000m近くの登下降を繰り返す峠越えだ。ヒマラヤトレッキングの中で最高難度のルートだそうだ。岩道を登るルーファンや、状況によってはザイルを必要とする箇所もあるそうで、しっかり「登山」だ。
ここを越える登山者は、エヴェレスト街道から入るコースのほうが多い。それは高低差が決め手のようだ。
体験者がたの峠越え報告文からは、寒さと、高所を連日歩き続ける苦しさが伝わってくる。

そして行けども、なかなかゴーキョが見えないので、不安や疲労も募るだろうと思う。ゴーキョの村落は、大きな鏡のようなドゥド・ポカリのほとりに平べったく並んでいて、チョラパスを越えてくる登山者には、なかなか見えない。なぜってゴジュンバ氷河のほうが村落より上にあるからだ。氷河を越えて立てば、足下にゴーキョが見えるのだ。峠を越え、この湖と村落を見おろすときの喜びはどうだろう!


以下は昨年2013年の、野口健さんのカラパタール、ゴーキョ報告文より。

[ゴジュンバ氷河を超えると目の前にゴーキョレークが広がる。このヒマラヤの乾いた大地で突如、湖と出会うと心底ほっとさせられる。]
[それにしてもゴーキョレークよ、どうして貴女はそんなに美しいの?]

なんて天衣無縫な、そのままの文章でしょう。野口健さん、どうしてあなたはいくつになっても、そんなに瑞々しいの?

ドゥド・ポカリ。今回は雪に覆われていた。秋、チョラパスを越えて眺め降ろしたら、どんな感覚があるのだろうか。あのチョラパスを越えて!

                         *次回は終章です*