ヒマラヤ山行(47)番外編 スニーカーボーイⅡ「あのときはしあわせだった」

やがて凍った道は終わり、広いきれいな道が開け、歌を歌いたいような気持の道になった。
歌おう!・・・そうだ、ゴダイゴの『ガンダーラ』。リフレインの箇所だけだけど。

In Gandhara Gandhara They say it was in India
Gandhara Gandhara the place of light Gandhara

数秒で終わってしまった。でもこれ以上は英語バージョン歌詞を覚えていない。

それで、次に(このタケファンは)『ナマステ』を歌った。やはりリフレインの箇所だけ。
Simple living Simple loving In the reaching sometimes losing
Namaste Namaste  your sacred hello
You touch me and I touch you You fill my moment and I fill yours

これも数秒で終わってしまい、次に日本語バージョンで歌ってみた。ところが!
ハァハァ〜なにこれ、まだ10秒も歌っていないのに息が切れる・・・やめた。
でも伝わったかなあ、野遊の「呼びかけ」が ♥(。→‿←。)

すると、このスニーカーボーイ、歌いだした。それがさっき「オケィ、オケィ」と言ったのと同じような遠くの声だった。それは何かの動物がやすらいで静かな気持でいるときに、喉の奥から唸る鳴き声みたいに心地よく聞こえた。野遊の歌へのお返しと思っていいの? ♡→ܫ←♡
後日書き足し・この歌が『レッサン・フィリリ』だったのだ。

地面に無造作に置かれる彼のスニーカーはフラットに、確実に体重をかけ、一瞬の無駄もなく放れ、抜かりなく次の一歩に委ねられる。登山靴が為すべき働きを、彼は自力で為しているのだった。

野遊はこのシェルパの後ろを歩くのが心地よかった。

野遊は昔から、だれかの後ろを歩くのが心地よくなかった。
特に昨今は、前を行く人のストックの切っ先が視界に入るのがストレスになり。

それは過去に何度か、コワイ体験をしたからなのだけど。
前の人のストックの切っ先が胸に当たったり、下から見あげる野遊の顔めがけて落ちて来たり、後ろの人の突くストックの切っ先が、今、岩に触れた野遊の手の甲に突き立てられそうになったり、一瞬、大きく体勢を崩して危機を逃れるのだが恐怖心は残る。
だからソロで行くようになってしまった。
(ストック持参を否定しているのではないです)

この一行のクライアントは、ほとんどがダブル・ストックか1本ストック使用で、素手はコンダクターとシェルパと、クライアントでは男性1名、それと野遊だった。野遊は出発前にストックについて質問し、「使い慣れていないならむしろ、持って行かないほうがいい」という答えを得ていた。

なので野遊は今回は、シェルパの後ろを歩いたのだった。それがたまたまこのスニーカーボーイだった。

休憩時間、彼はそれとなく野遊にザックの置き場を示してくれ、そこに自分のザックもドサリと置いた。岩に背をもたせ、何もしないでじっとしている。野遊はペットボトルの水を飲み、それからそのペットボトルを彼に向け、「飲む?」と言った。それは仲間感覚だった。彼はこちらを見て、それから無言で首を横に振った。

でも次の休憩では、彼は野遊の差しだした水を飲んだ。野遊はザックのサイドポケットに入れてある豆菓子を手渡した。「ビーンズ」と言って手渡したけど、次に渡すときは「ダル」(ネパール語)と言おうと思い、口の中で何度か言ってみたりした。

あのときが一番しあわせだった。


      *次回は スニーカーボーイⅢ「あのときはしあわせではなかった」*