ヒマラヤ山行(46)番外編 スニーカーボーイ Ⅰ「あれが最初の出逢いだった」

夕方から雪が降った。夜中にやんだ。朝の道は凍結していた。下り道。滑る。つかまりどころのない道だった。見た目は同じアイスバーンでも、そっと置けば滑らないで通過できるか、置いてみなければ判断できない。そこに向かって足を繰り出すおぼつかなさは何とも言えない。
フラットに置き、摩擦しないように放しては進む。けれど靴の裏は一歩ごとに、確かに微かに滑っているのだった。あと1センチ多く滑ったら転ぶだろうと感じながら、一歩一歩下っていく。

前を行くシェルパが手を差し出してくれた。無言だ。でも心で「さあこの手につかまって」と言っているのが聞こえた。それはありがたいことなのかもしれないが、このシェルパはスニーカーを履いているのだ。こんなのにつかまったら、一緒に亀みたいに転がってしまうような気がして、とても手を出せなかった。

ところが、思わずの一歩にツルッと体をぐらつかせてしまった野遊の右上腕部を、その瞬間、スニーカーボーイの手がすいと支えた。
それはストックを持つ感覚よりもなおしっかりしたもので、まるで階段に手すりを得るかのような安定感があった。野遊の体はまっすぐにアイスバーン混じりの道を降りていく。もし滑ったとしても、決して体は傾かないだろうと思った。

それからも、このスニーカーボーイは時々ふり返って野遊に手を差し伸べてくれた。
野遊が躊躇すると、小さな声で「オケィ、オケィ」と言った。(これはOKの意)
それは野遊には遠くの歌声に聞こえた。
歌に誘われるように、野遊は差しだされた手に素直につかまった。

あれが、彼との最初の思い出だ。


      *次回は スニーカーボーイⅡ「あのときはしあわせだった」*