シュレスの夏 1 国際電話

初夏のある日。
どなたからでしょうか、国際電話なんて。

電話の向こうの声は、静かな声だ。男性。
あなたは森木エリ子かと聞いている。(それがモリコエリコと言っていた)
自分はシュレス・ライだと名乗っている。

もし野遊がそれでも反応しなかったなら、相手はもっとヒントを言っただろう。
「今年の3月に、ゴーキョへのヒマラヤトレッキングに同行したシェルパのシュレスです」と。

しかし野遊はすぐにわかった。その声で!
ああ、トレッキングで高度があがり、硬い呼吸で歩いているとき、野遊の前を行くシェルパが低い声で歌を歌った。動物が安らぐ時の唸り声のような音律で。あの声、あの声だ。シュレス、シュレスだ!

野遊は思わず椅子から立ちあがり、「I miss you」「I wanted to meet you again!あなたに会いたかった!」と叫んだ。
シュレスは電話の向こうで、ちょっと押さえたような笑い声をたてた。その笑い声にも聞き覚えがあった。ロッジで、彼が同じキッチンボーイのサンカールやガルモとふざけ合いながら、ごくたまにたてる笑い声、それだったのだ!

ああシュレス、シュレス、なんと懐かしいその声。

もう会うことはないと思ったシュレス。心残りなシュレス。でもあきらめるしかなく、悶々として送った日々。
【心病んで 夢はルクラを駆けめぐる】

彼は、野遊が渡した名刺を持っていたのだった。その電話番号をダイヤルしたのだった。

それは、トレッカー(カスタマー)が彼に渡した住所や名刺が手元にあった場合、1回は通信するのだそうだ。最初は同じトレッキング仲間の、京都在住のM氏にかけたそうだ。M氏は英会話が全く不能で、結局ただの挨拶で終わったようだが、シュレスは、なろうことなら、次回の自分の仕事(トレッキング)につなげたいという主旨があるのだった。

野遊もシュレスに名刺を渡していた。その電話番号に、かけてきたのだった。
野遊は、この幸運に感謝した。
今、野遊がこの世で一番興味のある大好きな人物、シュレス。

さあ、ここから思いがけないドラマが展開します!!!


**このたび、シュレスともろに実名を書いています。それは彼の希望だからです。彼はトレッキングでオーダーされたくて、映像でも文章でも、どうぞ自分のことを書いてくださいと依頼してきました。野遊の姉は、シュレスの『レッサムフィリリ』を歌う動画を、 YouTube に掲載しています。てことで、かの「スニーカーボーイ」、彼の名はシュレスです。本当は「シュ」ではない。「ス」のはずなんですけど、本人が発音するとき「シュ」なので、ここでは「シュレス」としておきます。**