シュレスの夏 5 送金

野遊は、L氏が「700ドルくらいでエアチケットが入手できることがあるので〜」と言ったのを聞いた後、Sureshに1000ドル(約10万円)送金していた。
これでエアチケット代をL氏に支払ってください、残金はあなたの費用に充ててくださいと。
それが920ドルだったのでシュレスが使えるのは80ドルになる。野遊は300ドルくらいと思っていたけれど、もう今から送金はできない。だって時間が迫っていたから。

追いかけシュレスから「持参金が10万円ほど必要だそうです。理解を期待します」というメールを受け、これも数日後に出発が迫っている今からでは遅い。日本に来て、シュレスがお金など一切使わなくていいようにするつもりの野遊には、この意味が理解できなかった。
なんで持参金が必要かというと、そんな貧しいネパール人が単身で日本になど行ける道理がないということと、やはり何か企んでいると疑われるからだそうだ。
これ(持参金の件)は、L氏がシュレスに勧めたことなので、野遊にはよくわからないのだが。

そしてL氏はさらに、シュレスを、L氏の勤務しているカトマンドゥ空港の社員にした。もちろん紙の上でのことだけど。
シュレスは最初の書類には、職業「トレッキング」と書いた。つまりトレッキングに随行するシェルパの役、という意味だろう。ところが19歳で職業トレッキング、では大した収入も得ていなかろうと判断される可能性が高く、またシーズンオフに日本に逃亡しちゃうとでも疑られることなどを懸念してか、L氏はシュレスを、空港に勤める正社員に(書類上)してしまったのだ。

だから円を全く持たずに出かけるのでは万が一調べられた場合にチェックが入るので、持参金が必要だと言ったようだ。

野遊は先に送金した1000ドルを、シュレスがL氏に支払う前のことでもあったので、周囲の人も心配してくれた。
「1000ドルはネパリにとって、貧しいネパリはなおのこと、1年の生活費に足る。もしその青年が、思わずお金に目がくらんで、そのままあなた(野遊)との連絡を絶ったなら、あなたは手の施しようがないではないか」と言われた。
「本人に送りたいお金があればそれはそれで送るのはいいが、エアチケット代まで送るのは迂闊だった」とも言われた。

野遊も、送金後のシュレスがしばしメールで沈黙、こちらが確認しても「受け取った」の返事が来なかったので、ちょっと心配になったりしたものだ。L氏のNO,を聞いて振り込めばよかったかなと思ったりした。
でもチケットを受け取るのはシュレスなので、ついでにほかの費用も要りようだろうと、彼に送金したのだった。

本当にシュレスが連絡を絶ったなら、もうあきらめようと思った。日本に来て過ごす体験よりも目の前の1000ドルを選ぶのなら仕方ない。

けれどやがて、時間の打ち合わせなど必要事項が生じてくるとシュレスがちゃんとメールを返してきた。いちいちこまごまと反応するタイプではないだけだと知った。

今思うに、彼は英語がそれほどできないのだった。野遊の送る英文も調べながら読むか、面倒ならわかるところだけ読んで飛ばすか、だいぶ大ざっぱにやっていたのだった。

野遊はシュレスを頭ごなしに信じていたが、シュレスもまた、野遊の行為に疑問を持たずに受け入れてくれていたのだった。

「持参金の意味が分からないけど、必要なら、もう送金は間に合わないので、あなたは家族か親戚に借りてください」と野遊は送信した。そのことについてシュレスからは返信がなかった。了解したという意味だろうと解釈した。