Sureshの夏 12 大事な宝物

夕食の後、洗い物を済ませてから、しばらくシュレスと日本語の勉強をした。ひらがなとカタカナの一覧表を、先にシュレスに郵送しておいたが、彼はちゃんとそれを持ってきていた。書き順ごとに色を変えてあいおえおからわおんまで野遊が手書きで作成したものと、ネットを探してわかりやすそうな表を印刷した2種類。

一度に覚えなくともいいからとりあえず51音を読みあげて、日に何度も読んで、帰国までに丸暗記してしまうように言った。

そこから言葉をつまみ上げて「はな」(花)を教えた。シュレスはあくびをしながら聞いていたので、まだ疲れが取れないらしい。20時だったけれど、もうお休みなさいと言った。

シュレスを迎えるとき、彼の部屋をどこにしようかと思った。二階の野遊の部屋の向かいの、南向き6畳サイズの洋間が空いていて、今はルネ(ネコ)のトイレや遊び道具など、ルネ専用部屋だが、息子や娘が泊まりに来るときは、すっかり片づけてクリーンアップして提供している。最初はシュレスもこの部屋にしようかしらと思った。

でもそうすると、もしシュレスがこの二階の個室に閉じこもってしまったとしたら、どうしているのかわからないままだろうし、隔絶感があってよくないと思った。それにシュレスも普段は個室を持っていないだろう。

そこで、1階のリビングルーム(スペースは7畳半くらい)を公開することにした。1階はダイニングキッチンとリビングルーム、バストイレのほかに、狭いながらゴスケの書斎がある。ゴスケは普段は新聞や本を読むときにこのリビングルームに出てきてゴロゴロしている。

ここにダイニングテーブルを置き、食事はここでして、あと半分のスペースにシュレスの布団をたたんで置いた。就寝時に、その布団を敷いて寝るのだ。だからシュレスは普段は間仕切りを開けはなしにしたリビングルームで、家族と顔を合わせながら暮らすのだった。

野遊は「おやすみ」と言って居間の引き戸を閉めたら、よほどの緊急なことがない限り、シュレスが自分から部屋を出てくる朝まで、この戸を開けないようにしようと思った。そうすればシュレスも、おやすみと言い合ったあとは全くの自由になり、いつ声をかけられるかと気にすることもなくなる。

野遊が新婚当初、桃と葡萄の栽培をしている山梨の婚家に行くと、「うちの嫁」と呼ばれビシバシ働かされたが、夜になって「おやすみ」と姑が言うと、もう何も用事を言いつけられなかった。もし舅や姑が用事を思いついたとしても、野遊が与えられた部屋に声をかけて入ってくることはなかった。これはとってもほっとできた。昼間どんなに窮屈でも、ひとたびおやすみと言われたら朝まで自由なのだった。この確かなる自由時間で解放された。

だからこの度野遊は、シュレスにお休みと言って居間の戸を閉めたら、もう朝までそっとしておこうと思ったのだ。これは野遊にもよかった。だってシュレスの夜は早い。野遊は20時とか21時には元の生活に戻れるのだ。

そして本日手がつかないままだった残務を処理しながら、好きな音楽を聴いたりする時間があった。太陽と共に目覚め、太陽と共に眠るのだろうかシュレスは。

またゴダイゴの『ナマステ』を口ずさんでしまう。

Simple living Simple loving In the reaching sometimes losing

Namaste Namaste  your sacred hello

You touch me and I touch you You fill my moment and I fill yours

大切な宝物が階下で眠っています・・・