Sureshの夏 16 軟禁か

収入が得られないまま滞在するのはシュレスにとって、ただの無駄な期間と思えるらしい。「でも、いろんなものを見て行ってね、そして日本を内部から知れば、トレッキングで日本人のガイドをやったとき、ただ日本語を話せますというのとは違ってくると思うわ。もし日本人のガイドにならなくとも、そしてもしあなたがこの後マレーシアに何年もの労働提供に行くこととなったとしても、この期間の体験は、きっとあなたの中で息づいて、何かの役に立つはずだわ」という内容のことを、野遊は一生懸命シュレスに話した。しかし彼は「experience(体験)」も「memory(思い出)」という英単語も知らないのだった。辞書を見せながら説明すると、「体験なんて…」と、顔をしかめて黙り込んでしまうのだった。「無意味だ」と言いたいらしい。

部屋の片隅でシュレスは膝を抱え込んで、「I want back to Nepal( ネパールに帰りたい)」とつぶやく。(シュレスは正しい文法で語れない)
「Soon?(今すぐ?)」と聞くと、こっくりとうなづく。

野遊は「だっていずれにしてもあなたはこの期間、トレッキングシーズンではないのだから、今帰っても収入など得られないではないですか。それよりここにいれば生活費が浮くでしょうが」と思ったが、一言ずつの言葉の応酬があまりにも滞りが多くて、いちいち彼に辞書を見せながら言葉の説明をするのが困難だった。それは彼が、野遊の説明を望んでいなかったからでもある。

それでも、ネパールにいれば毎日楽しいそうで、たとえば?と聞くと、友達に会いに行ったりとか答えるので、まあそんなものなのだ。毎日友達と遊んでいるのかな?とにかく最初からわかっていたはずの、この期間が耐えられないのは情けない。けれど「I miss mam(母さんに会いたい)」と言うのを聞いて、さすがにマイッタ野遊だ。

しょうがない。寂しがっているのはかわいそうだ。チケットのお世話になったカトマンドゥ空港に勤めるL氏に連絡して、航空券をキャンセルして早めの片道チケットを買い直そうと思った。けれどこれは野遊にとってはまことに残念な、しかも面目ない結果なのだった。でもこの子を軟禁しちゃってることになるからね、このままでは…