Sureshの夏 26 甲斐駒 (4)木の祠の幼鳥

双子山経由で北沢峠に下る。シュレスは野遊の後ろを歩く。突然シュレスが野遊を呼びとめた。「ERIKOサン!」と呼んだ。ふりむくと、木の洞を覗きこんでいる。ちょっとの距離だけどそこまで登り返すのが億劫で、うう〜んと思ったがシュレスが動かないので、よっこらしょと戻って、言われるまま木の祠を覗きこんでみたら、暗い小さな穴の中に、小さな小さな光るものがいくつかあった。

それは幼鳥だった。何の鳥か、暗くてわからない。シュレスは目の前で、親鳥が幼鳥に餌を与え、飛び立つのを見たのだった。シュレスと野遊は、しゃがんで、ほんのしばらく祠の中を見たが、そのまま立ちあがって歩きだした。あんまり人間の気配を残したら、親鳥が帰って来なくなるかと案じたのだ。

それからぐんぐんと下って行きながら、野遊は、今の鳥のことを思っていた。いや、鳥を見てああいう反応をしたシュレスのことを思っていた。鳥の親子の様子に心が動いたシュレス。それを野遊に見せようとしたシュレス。野遊はこのときシュレスの優しさに触れたのだと思う。

そして野遊は、もう一つ、ずっと思うことがあった。シュレスは、今まで野遊のことを呼ばなかった。野遊は手紙でもメールでも、もちろんしっかり名乗ってきたけれど、シュレスに呼びかけられたことはなかった。

野遊が「シュレス」と呼ぶので、シュレスは野遊の名を呼び捨ててくれればいいのだ。これがたいていの国のやり方だ。日本は「さん」をつけるけれど。

シュレスは今、「さん」をつけて呼んだなぁと思った。呼び止めようとして一瞬考えたのだろうと思う。まあ呼び方については、何も注文もすることもなく、敢えて放っておいたのだけど、シュレスは日本向けに、こういう呼び方をしたのだなぁ。これからもさんづけで呼ぶのかしら。

北沢峠14時半到着。野遊は春のヒマラヤトレッキング以来ほとんど山に登っていないので、双子山を越えて下りにかかる道が、ずいぶん長く感じられて、北沢峠に降りたときは、ホッとしたものだ。シーズンなので、バスが満席になり次第随時出ているとのことで、ほぼ満席のバスが止まっていた。真ん中の補助席を降ろしてシュレスと前後に座ると、あと2,3人の乗客が乗り込んできて、バスは出発した。

このまま帰宅したら深夜になるので、今日は再び仙流荘に泊まって、明日景色を眺めながら帰ろうと思った。実はシュレスがその気になったなら、明日仙丈岳をピストンしてみたかったのだが、甲斐駒のサミットではシュレスは「行こう!」と言っていたのだけど、北沢峠では気が変わったらしく、早く帰りたいようだったので、残念ながらやめた。