2017.秋のヒマラヤトレッキング 5 次々とマイナー要素を蹴倒し

ryo-rya2017-11-25

シュレスを、ネパールの知人たちに探してもらったが、ネパールイズムでなかなかラチがあかない。チーチャも見つからないのを幸いに、野遊は今回はやめられるかもしれないと期待した。

ところが行方不明のチーチャは、登山していたと連絡が入った。彼女関係の通知が間に合わず、飛行機はやり直し。連絡不通になる前に知らせてほしかったが、チーチャは滅多に通信してこないタイプなのだ。こういうタイプを野遊は好もしく思うのだが、飛行機の件で進行中に無断で音信不通は、度が過ぎて困った。チケット係のシュレスタとの間で、野遊のストレスは相当なものだった。

このトレッキングをキャンセルできるかもといういっときの望みを消し、意識を変えた。シュレスが見つからなかったら現地でポーターを雇おう。
ひとつの大きな目的を切り捨てた。

9月中旬出産予定のプーコについては、10月1日の日本出発予定を、1週間ずらした。これ以上遅らせると後半冬になってしまう。あとは出産が予定より少しでも早まりますようにと祈るしかない。
お、おそくなる、か、かのうせいのほうが、ありそうな・・・(汗)

今年の10月1日はダサイン初日と重なる。ダサインやティハールなどのお祭りは、毎年日が少し違う。重なると、バスも出なかったり、現地民に翻弄されて予定が崩壊することがあり、野遊も体験しているので、この日程ずらしは正当なのだが、プーコの出産が絡んでいたので、ちょっとチーチャには心苦しかった。

昨年実行されるはずだったこのヒマラヤ行、様々なマイナス要素が発生し、先延ばししたのだ。あの時点ですでにチーチャは職場に休職を願い出て、パスポートの準備して、すっかりその気になっていたのに。もう延ばせない。

こんな時にシュレスの失踪、プーコの出産、野遊の体調不良・・・まるで神様が「やめとけ」と言っているようだ。野遊の家族も「そーだそーだ」としたり顔。

(例えば孫とトレッキングと)どっちが大事か、とか、そういう問題ではないのだ。もう3年前に決めて実行に向かっているのだ。こうと決めて動かせない以上は、進むのみだ。ああくればこう、こうくればああ、マイナス要素をバッサバッサと蹴倒して、乱暴に切り抜けた。

*写真はアマダブラム