鎌倉駅前の交差点物語 (1)渡るのがコワイ
昨年の秋、友達の@さんから聞いたことから始まる。
「鎌倉駅前の交差点を渡るのがコワイ。それこそ命がけです」
それは会話のやり取りの一部だったので、わたしは「大変ですね」と言ったくらいだった。(と思う)
@さんは足を引いている。数年前、脳溢血を患い、立ち直ったが、半身が不自由になってしまったのだ。動きにくくても@さんは家にこもらず、健康のためにもいろいろな活動に参加している。
ある日、その交差点を一緒に渡った。@さんは、信号が青なのに歩き出さず、皆がが渡ってから前方に行き、今にも道路に歩き出さんばかりのぎりぎりの所に立った。そして次の青を待った。
やがて信号が再び青になると、@さんは歩行を始めた。どんどん追い抜かれる。わたしは@さんと一緒に歩いていた。@さんの歩行は、わたしにとってゆっくりめだったが、それほど極端に遅いわけではなかった。
そのうち、メロディーを奏でていた信号機が、プーピィプーピィと鳴りだして、信号が黄色になり、赤になった。わたしたちは赤頭巾ちゃんみたいに道草したわけでもないのに、4車線スクランブル交差点の途中で、歩道が車道に早変わりしてしまったのだ。そこを人が歩いている。見ただけでも怖いのに、今日はそれが自分だ。
なんたる怖さ。自分がヒヨコで、まわりを薙刀を持ったお坊さんたちに囲まれた感じ。でも駆けだすわけにいかない。@さんが隣にいるのだ。
「すみません、すみません、待ってくださいね」
わたしはあっちやこっちの車の運転手さんと目を合わせて声を出して頼みながら歩いた。
(もちろん)運転手さんたちは待ってくれていた。(そしてもちろん)わたしがそんなこと言わなくても、運転手さんたちは待ってくれただろう。
あっちの道路にいる人たちが、わたしたちを見たりしている。なんか恥ずかしいような。
で、わたしは、@さんはどうして何も言わないのだろうと思った。見ると、@さんは、まっすぐに到着地点を見つめている。その額から脂汗が・・・。
@さんは運転手さんに「待って」と言うこともできないほど、必死に歩いていたのだった。
そして歩道にたどり着いたとき、わたしはどんなにほっとしたことだろう。 つづく