大黒屋光大夫を辿る旅 29 エルミタージュ美術館Ⅰ

8月11日

冬の宮殿には、エカチェリーナ2世が集めた美術品の数々がひしめいている。ルーフの上に黒々と林立する彫刻が、この国を「母なるロシア」と称え、その象徴たるエルミタージュ美術館を守っているかのようではないか。ロシア史のストーリーに足を踏み入れたような実感がここにはあった。

宮殿に入るにはしばし列に並ばねばならなかった。この時間をもったいないとは思わない。すぐに入ってしまうほうがもったいない。いつまでもこの外観に酔い痴れていたかった。
そしてついにその「時」はおとずれて、わたしたちは長い廊下を歩いていった。ふっくらとたたんだカーテンのように縦に筋の入った柱、今にも風に揺れだすかのような彫刻の衣服。古代ギリシャ、ローマの彫像や壺、棺などの展示は、ピョートル大帝が、古代の遺品に興味を持っていたことから始まるそうだ。
とことどころから一条の光明が差し込み、それは窓からの陽光でも部屋の明かりでもなく、大広間に飾られた絵画、絵画、絵画・・・が自ら放つ光であった。

それは単なる美術館ではなく博物館でもなく、古今東西から近代までの芸術品とロシア宮廷文化の集大成、縦横無尽の世界大博覧会と言うか、ああそれはなんという、「この世の一つの最高の美の世界」であったことか。

自分は今どこにいるのだろう。四次元の世界を浮遊しているのか。全身を電流がビリビリ通うような戦慄。二時間の見学で、わずかその一部しか見ていないのに、それでもここに書き出せないほど胸にいっぱいの思いがひしめき、何かを思おうとすると息苦しくなる。美術品への具体的な感想は言葉の洪水になるので省く。