恩師村田邦夫先生 12 はるかなる連弾「佐々木信綱墓所」

K氏はわたしたちに案内するところを計画していたようで、大木神社のあと信綱の墓所に連れて行って下さった。

昭和25年の信綱鈴鹿訪問は、大木神社をめぐって佐々木家のお墓にお参りしている。その通りの経路を、K氏はたどってくださった。

当時の写真は、花を供える信綱の斜め後方に、村田先生が控えて手記を取っている姿がある。坊主狩りだ。30代のハチ。いかにも賢そうな青年ですがすがしくかっこいい。(野遊は数年前にこの写真を初めて見ている)

湘南学園で、ハチはビートルズカットの黒髪を柔らかそうにサラサラさせていたが、当時の学園生の中に、父親がハチの湘南高校時代を知っておられたりなどあって、「ハチって坊主狩りだったんだって」という話が流れ、野遊なんて信じられなかったものだ。 

ハチの歌に、信綱亡き後の、このお墓について詠んだものがある。

【おのずから野路ほそりきて芝枯るる 小さき平地 佐佐木家の墓所
【師の墓標 据ゑまつるべき直土(ひたつち)に われらは積みき冬の白菊】

Rさんとともに信綱のお墓にお水をかけた。
K氏がツーショットを撮ってくださった。

そして河曲の駅まで送って下さった。
わたしたち二人はK氏に感謝の心でいっぱいだった。
ありがとうございます。