朝日連峰北方 9 標識

視界の開けた登山道を行く。障子の頂上がずっと下方から見える。左肩に樹が見える。人間がちょっと体をかがめてこちらを見ているような姿の木だ。今は樹だと知っている。昨夏は人かと思った。だれかいる、野遊が登っているのをだれかが見ている。あそこまで、あそこまでと歩を進めたのだった。

その樹を過ぎ頂上に出ると、すぐ目の前に標識がこちらを向いて迎えてくれた。ギョ!・・・「紫ナデ」と書かれてあるではないか!

え、さっきたしかに紫ナデだったはずなのに、もしかして野遊は狐にでもつままれてしまったのだろうか。これからまた障子に登らねばならないのか!?

それは一瞬、心臓がドク〜ン!!!とするほどの驚愕だった。数秒間。

ああ、またやられた。朝日連峰の、この標識。知っていたのに、昨年の苦しい登山をなぞりながらやってきたので、疑心暗鬼に包まれてしまったのだろうか。「紫ナデ」の上に「至」と記されてある。ここは正真正銘の「障子ヶ岳」サミットだ。

朝日の標識は1本棒で、つまり4面ある。例えば2方面から登り下りがある障子は、その登り道下り道の方向の面に「行先」が記される。上に一文字「至」を入れてある。その横の面(どこにも登山道がない側)に、サミット名が書かれてあるのだ。

登ってきてまず目に飛び込んでくるのが、今やってきた地名となるので、慣れていない者は、とりあえずびっくりするのだ。朝日の標識はわかりづらい。

これは、登下道それぞれの面にサミット名を記し、側面に「→至00」と記せば一目瞭然で断然わかりやすい。この「朝日の書き方」に、慣れようと意識しつつもまだ慣れない野遊である。

ちなみに小朝日岳のサミットの標識は3面から登山道があるので、そちら方面にその道の名が記されてあり、残りの1面が小朝日岳。ここってだからどこっていう意味なの?と、初めて朝日に行った野遊は考え込んでしまったものだ。
(写真は障子ヶ岳の標識。「至 紫ナデ」の至近真正面に野遊が登ってきた道があり、その真反対方向が粟畑を経て天狗へ行く道。横面に山名が記されてある)(登り切って目に飛び込んでくるのが、期待していた山頂名でない仕組み?になっている)*[