千の記憶(5)お風呂場

タイル張りのお風呂場に、エリは入れられて戸を閉められる。きっとぐずって母に叱られて、お仕置きされたのだろう。

思い通りにいかないことが多かった。エリにわがままな面があったのだろう。エリの意思が、個人個人の深く分け入らなければ解釈しがたいような種類のものだったのだろう。真正面向いて対しなければ、曖昧無辜として、他者には理解できない、エリはきっと、そういうものを主張したのだろう。いつもすれ違っただろう。気難しい子に思えたことだろう。親は3人も4人もいる子どもらをからげて育てているので、個人教授を求める子は手に負えなかっただろう。

 

昼のお風呂場、戸を閉められてエリは泣いた。しばらくすると、アネとマチが戸を開けてくれた。母から言われるのだろう。

アネとマチは、エリのまわりをクルクル回りながら歌を歌った。急には泣きやめられず、涙で濡れたほっぺのまま、まだ口で小さく泣きながら、姉たちを見あげていたことを覚えている。

なんと優しい姉たち、なんと優しい母だったことか。良い家族だったと思う。

・・・そうだ、これは姉たちが言っていたことで、エリには記憶がないのだけれど、このころエリは「お風呂場って牢屋?」と聞いたそうだ。