朝日連峰北方 31 下界の匂い

朝日屋旅館の朝だ。昨日とは全然違う環境。もう自分で何かしなくとも、ちゃんと事が運んでいく。
朝食は昨日の部屋に降りて行けばいい。隣にいた登山客はすでに出発していない。
向こうのテーブルに2人、渓流釣りの宿泊客が座っている。

熱いお味噌汁がありがたい。自由にお茶が飲める。食後のコーヒーも飲める。

ゆっくりコーヒーを飲んでいると、テレビでニュースをやっていた。「ああ、下界だ」と実感した。
やがてなじんで画面を見ていたら、尖閣諸島のことで、中国人が、在中日本人に暴力をふるったとか、日本の会社を襲ったとか放送していた。

なにこれ。やりきれない思いがした。「最低!」と、思わず口走ってしまった。
そしたら渓流釣りのおじさんがこちらを見て、目が合ってしまった。
その眼は静かで、昨日、池とお魚にずっと向き合っていた目、という感じがした。
おじさんはご飯を口に運びながら、野遊に「うん、うん」とうなづいた。それだけだ。
日本人ってこうなんだなと思った。画面に向かって怒りの拳をあげたりしない。
歯がゆいところもあるけれど好きだ。野遊は日本人でよかった。