野遊・呼吸の世界 17  ロブ・ホールの不可解な判断

(21)引き返す時間

ロブは1990年代前半あたりでは超一流の商売登山者だったようで、この時期の登山実話の、とことどころに登場している。いつだって頼もしげに登場している。
危うい顧客を手取り足取り、顧客のハーネスにロープを結んで、それを彼の体に巻きつけ、相手の体を抱えやすいように細工して「ジャガイモの袋のように」運び下ろしたこともあるという。ロブのまわりにいた人にも手伝ってもらい、両脇に顧客の片足ずつを持たせたりして、危険な下降を成功させている。

が、突っぱねる厳しさも徹底している。自分の顧客であっても、途中で個人行動に走り、違うルートからエヴェレストに登頂した女性登山家(レディア・ブレディ、新)に対して、登頂疑念論を堂々とぶちまかしてもいる。それが大きな問題となり、レディアを悩ましたそうだ。そればかりか彼女が登頂後、テントに帰還したとき、テントが撤収されていたそうだ。ゾ〜危ないじゃないか!
ロブは、彼女はすでに自分の顧客ではなかったとか言っていたそうだが、もし死んじゃったらどうするんだろ。人道に反する行為だ。これがかのすてきなロブだなんて思いたくない。レディアは自力で下山したそうだ。ああよかった・・・ロブも彼女の力を知っていたのか、他者隊もあるので、何とかするだろうと踏めたのか。本当に危険だったらまさかそんなことしないだろうと思うが。

わたしの中で、ロブを大好きと肯定賞賛したい気持と、でも気に入らない人はけっぽっちゃうんだよねという不信感とが共存している。しかしガイド社を設立し、商売登山事業を成功させた人として、やはり肯定しておこう。彼の尊崇する同国人先輩、歴史の偉人ヒラリーに商売登山を名指しで非難され、がっかりと深く傷ついてもなお、精力的にガイド登山を続行させた人なのだ。目指す道があったのだろう。

あくまでも明るく、顧客たちの不安を吹き飛ばす魔力を持っていたロブ。弱そうな顧客を抱えて下ろす自信があったロブ。そこに経済的計算と、登山家としての情を合わせ持っていた。郵便局員のダグ・ハンセンが、必死でためた財産をつぎ込んでエヴェレストに登って失敗した次の機会で、ロブはなんとしてもダグをここに立たせてやりたいと思ったのだろう。参加費を大幅割引にして迎え入れた。(前述)

5月10日、このダグが、アタックが始まってまもなくバテタ。自ら、もう行けない、あきらめると言ったそうだ。ロブはダグを励まし、ダグに付き添い「連れて行った」。難波康子をマイクに預けて、ずるずる遅れるダグについた。マイクや康子たちが登頂したとき、ロブはかなり下方にいた。康子たちとすれ違ったときも、ロブは下降せずにさらに登り続けた。時間は打ち合わせにの時も、3時も過ぎていた。4時を過ぎてしまった。で、とにかく頂上に立った。ブラボーか?危ないじゃないか!

そこに頂上が見えている。おいでおいでをしているように、もうすぐそこ。くっきりと浮かび上がるまぶしいサミット。もう一度踏みたい。何度踏んでも、やはり記録を更新させたい。自分は登りたい。ダグを思ってのことだけではなかったのだろう。彼方から怪しげな雲が湧きあがってくるのも、もう目には入らなかったというのか。自分はできると思ってしまったのか。ダグののろい歩きに、酸素はとうに切れていただろう。妄想も入って、登ってしまったのだろうか。

スコット隊が全員登頂した知らせを、ロブはトランシーバーで知っている。スコットへのライバル心もあったに違いない。引き返さなかったロブ。運命は決まった。