朝日連峰縦走(10)以東岳、以東小屋

オツボ峰を越えたあたりで、岩伝いの道の向こうから二人連れがやってきてすれ違った。「ア」と、向こうから声を発した。それは大鳥池小屋から、早立ちした2名だった。直登コースで以東岳に登って、オツボ経由でマイカーを置いてある泡滝に下るらしい。こういうグルリップ登山は今、多い。嬉しく言葉を交わして別れた。

あ、そのとき言われた。
「その荷で本当に大朝日まで縦走するのですか?」
昨日も言われた。廊下に置いた小さなザックを見て、どこまで?と。
心配してくれているのだろう。彼らの荷物は背に余るほど大きかった。
このことについては後にも言われたので、後記に譲る。

徐々にせりあがる巌稜伝いを登っていくと、以東岳のピークに着いた。白い石の、立派な三角点があった。でもガスで景色も周辺もシャットアウトされているからか、実感がわかない。同じ行く手に同じ道が続いているので、誘導されるように進んでいった。遭難碑があった。まるで指導標のような風体の碑だ。二十歳の青年の遭難碑で、帰ったら調べてみようと思った。

手を合わせてからそのまま同じ顔色をした道を進んで行くと、下り気味になっていった。それまでも上り下りがあったので、その延長線かと思った。ふと目をあげると、小屋が現れた。寸前に来るまで見えなかった。

・・・以東小屋に来ちゃったよ。こじんまりした小屋で、中に入ると小屋番は女性だった。
「えっ、女性ひとりですか」と、これは双方が思った気持。
10分ほど話をした。彼女は今年だけ?バイトで小屋番をやっているそうで、大鳥池の藤井さんと知り合い、任されたそうだ。(あとで知ったが朝日屋さんの管理だったようだ)。
「きれいな小屋ですね」と言うと嬉しそうに「手入れです。どこも朝日は小屋がきれいです」と。

ついちょっとおしゃべりをした。
小屋番「朝日は登山者が少ないけれど、夏場はだれかしら来ますよ」
野遊「たまにはひとりになってみたいでしょう怖くても」
小屋番「そうなんです!夕方になってもだれも来ないと、このままだれも来ないで〜、一人で夜を過ごしてみたい〜って思うんです」

道を聞くと、これが非常に曖昧だ。行けばわかるからという感じで。でも野遊はいわば「行き過ぎ」てしまったんだぞ。そういう、初めての人にもわかるような言葉がない。登山者にゆだねている感がある。まっ、ここに来る登山者はそういう登山者なのだろうが。

「間違えて下りて来る人、いますよ」と言っている。彼女はしょっちゅう交信しながらやっている、中継点の要員に過ぎなかった。朝日事情もあるのだろう。

元気な彼女に礼を言い、小屋を出た。思い起こすに野遊は、この小屋で座らなかった。土間に立ったまま会話していた。引き返すこと10分、以東岳の手前の、遭難碑のあるところまで戻り、地図を睨んで考えた。

すると向かい側から人が来た。どうやらこれは野遊より少し遅れて出発した、昨夜の迷惑ツァーの連中だった。就寝前に喧嘩している声を聞いてしまったので、野遊はこの人たちが嫌だった。道が広かったので離れてよけた。野遊は赤いヤッケを着ていたので、フードを深くかむって知らん顔していた。
彼らは以東小屋のほうに降りて行った。朝日まで行く縦走ツァーだと、昨夜クライアントが言っていたので、こんな天気でサミットでの休憩もしにくく、小屋に立ち寄るのだろう。彼らは風を避けるように体を縦折りにして、無言でゆっく下っていった。

そのとき、向かい側(以東小屋のほう)から単独者が来た。彼は今日泡滝から来て直登コースを登り、オツボをまわって下山するのだろう。マイカーだな。それにしても、この時間(午前だった)なら大鳥池に泊まらないで下山かも。強いなぁ!