朝日連峰縦走(12)ふり返り、あれがメイン・リメンバーだった

ガスは濃く立ちこめて、騒がしく流れている。歩くほどに風が強まってきた。うっかりすると岩に叩きつけられる。髪が風の方向に顔面を覆う。しばっても風にほじくり返されるようにたちまち踊りだし、顔半分に張りついてしまう。目が片方しか使えない。手で押さえながら歩いた。お、手が寒さにかじかんでいる。顔が痛いほど冷たい。

ガスが流れ去り、また流れてくるまでの、風が和らぐ「わずかのしばし」、周囲が見える。うわ〜目の前に草原が広がっている。色とりどりのお花が緑の合間に散らばっている。すぐまた風が吹き、ガスがやってくる。ホワイト・アウトというほどでもないが、足元くらいしか見えなくなる。風に突き飛ばされる。目が片方になる。ビュ〜ッとうなりをあげて襲いかかる風は、その一瞬で野遊の体温をはぎ取っていこうとする。

けれど野遊はヤッケを着ているけんね、ポカポカしてますら(^・^)

前方に、何かが吹きあげているのが見えた。あれはなんだ。温泉か。お湯が噴出している。まさか。その下は丸い雪渓、丸く窪んだところに雪がたまって、雪の池になっていて、そこに風が入ってぐるぐる回って上にあがるのだろう、雪の粉が、竜巻みたいにドワァッと舞いあがっているのだった。ものすごい勢いで、今噴出した温泉みたいなのだ。

風が緩むと吹きあげる雪はワラワラワラ、となって、それが湯気に見える。山が笑っている。湯気が激しく揺らぐので、ゲラゲラ笑っているみたいに見える。なんておかしそうに笑うのだろう。つり込まれて、思わず野遊もアハハハ、と笑った。

風が見えた。草原の草が瞬間的にいっせいに同じ方向にペシャンコになり、それが次々に移動して、風が走るのが見える。

そのうちに、下半身が冷えてきた。しまった!ヤッケは上半身だけだ。それも昔のヤッケで、足の付け根くらいまでの丈しかない。(今のヤッケの丈は知らないが)
顔と手の冷えはともかく、腰が冷えるのは困る。

昔はニッカポッカで、夏用でも腰まわりは保護されていたものだ。だからヤッケもツンツルなのかもしれない。野遊は普通の伸縮性のある長ズボンを着ているだけだった。これではこういう場合、ダメなのだった。この種類のヤッケを2着持っているので、帰ったら一着をつぶして、ヤッケの裾に、スカートみたいに継ぎ足してみよう。さてどちらのヤッケをつぶすか、どちらもかわいいのだが・・・などと思案しながら歩いていたが、腰の冷えが染みて現実に戻る。

雨具はゴアテックスで充分な長さがある。すぐ出せる場所にしまってある。が、ザックを下ろして出すのは躊躇された。出すそばから吹き飛ばされてしまいそう。
ヤッケに覆われた上半身はポカポカなのに、下半身は風を浴びるたびに息を詰め、そのままキーンと気が遠くなるほど寒い。膝上までの極薄防寒パンツも持っているが、頭でそれを思うだけだ。ここで行動をとめることはできない。とめたら何かが崩れる。

服を直した。シャツをきちんと伸ばし、ヤッケの裾を引っ張り、帽子をぎっちりかむって紐を締め、タオルをマフラーみたいに首にまきつけ直した。さて。「行くぞ」と、言った。その声が真剣に響いた。真剣になってる・・・と思った。

ガスの流れが益々速くなり、流れ去った上から陽が射していた。全部どこかに行ったかなと思うと、また新たなガス軍団がやってくるのだが、だんだんみんなどこかへ行ってしまった。晴れた。