朝日連峰北方 25 以東小屋の黄昏

一通りし終えた。小屋をゆっくり見学する。おや、入り口の窓辺に小さな鏡がある。女性の着替え室がありますと張り紙がある。二階の非常出入り口のスペースのことだ。そして、あの「結露のないという異常に冷たい板の床」には、銀マットが敷き詰められてある。トイレは1歩出た外にある。
全体的に、それとなく心の行き届いた、こぎれいな小屋という感じがした。

箱に1500円を入れ、宿泊名簿に記入するとき、ここで野遊は昨日狐穴小屋で出会った人が、鶴岡市の、なんたらいう調査員だったということを知るのだった(๑≧♉≦)。

それからお待ちかねのひとときだ。外に出て景色を眺めた。夕陽は赤々と、野遊が西だと信じてきた方向に沈もうとしている。ああ、あちらが西なのだ。まさに西。この安堵感。陽は脳裏の地図にピッタリ合って沈みつつある。当たり前のことだけれど、だからこそ、なんという喜び。「これでいいのだ」と思える喜び。

連なる山々は、長大な尾根尾根を幾重にも重ねている。つんと澄まして障子、障子ヶ岳が聳えている。その左手、北へ走っている尾根は朝日軍道。南方には主峰朝日岳。遠くには飯豊連峰が見える。身をひるがえして見れば月山、その向こうに鳥海山が浮かんでいる。痛快なる山座同定!夕日が沈んでいく。もったいないような景色をかげらせて。

野遊はこのとき、もうだれのことも思い浮かべていなかった。いつも昔の山岳部の先輩たちが野遊の後ろにあり、励ましたり叱咤してくれたり、ほめてくれたりの声を聞いたが、今は何も聞こえなかった。山じいの声も聞こえなかった。ただ無心に、暮れなずむ朝日連峰の姿を見つめていた。