裏剱(31)水平歩道

ひと登りしたところで休憩をとり、雨具を脱ぐ。このまま降り続いたなら、道は難儀したことだろう。天候に感謝だ。

いよいよ水平歩道に入って行く。黒部峡谷を右に見おろして、どこまでも人工道を歩き続ける。道幅は十分だが、片面は岩壁で一方が切れ墜ちているために、もし足を踏み外したりよろめいたりしたら墜落してしまう。過去にツアー客が墜落してしまったことがあるそうで、原因は「一瞬なので不明」。
おそらく写真を撮ろうとしたのではないか」ということで、まいたびツアーでは撮影禁止の道となった。

この「下の廊下」は昨秋の地震で、しばし通行止めとなっていて、今年は通れるだろうかと登山者たちは注目していたのだが、阿曽原小屋の主がシーズンまでに間に合わせてくれたのだった。黒四ダム側は渓谷に大岩が転がって、地震の傷跡はまだ生々しいそうだ。

切れ立った黒部の峡谷美はどうだろう!
はるか下方に白く一筋となって流れる水は、光りながらしなやかな曲線を描いて止まらない。

黒々とした岩、その肌にまとわりつくように生い茂る草々。
昨日とは打って変わった山の顔に包まれながら、我々は集中を途切らせることなく、無心に歩いた。

道が大きくカーブしているところで、ガイドは列を二分し、
ここでだけ、向かいの崖道にいる者同士、写真を撮り合っていいことになった。数分間のシャッター・タイムだ。
我々が素直に一生懸命つき従えば、ガイドはその翼を広げて心遣ってくれた。