ヒマラヤ春のソロトレック2015 5 ロッジの二階部屋で

突然ユサユサと建物が揺れた。速攻で勢いを増していった。部屋を見まわした。すぐにも潰れそうなベッドがあるだけだ。このベッドにもぐって下敷きになったら笑われるだろうなと思った。

現地の人もトレッカーたちも、庭の中央に集まった。野遊はガラス戸越しにそんな彼らを見ていた。おかみさんと目が合い、彼女は「降りて来い」と手をふったが、立っているのもやっとの強い揺れの中、地震でなくとも怖い階段を、どうして降りられよう。

野遊は観念した。足を踏みしめて、こちらを見あげている庭の人たちと目を合わせた。こうしていれば、建物が崩れても、あそこに人がいたと皆さん知っているから、遺体を収容してもらえるし、身元もわかる。遭難は世間に迷惑をかけ恥ずかしいことではあるけれど、天災なのだから、まあ許してもらえるだろう。背後で建物がピシピシ音を立てた。今回も長い〜

野遊は、やがて静まる地震しか体験していないので「終わらない地震はない」と思って待った。やがて次第に揺れ幅が小さくなり、静まっていった。終わった。あ〜よかった。

ほっとしてベッドに腰かけていると、ロッジのお姉さんがやってきて、階下に誘導された。庭ではおかみさんに抱きしめられた。おかみさんは野遊の手を取って彼女の厚い胸元に持っていき、「どうか出て行ってください。泊まれない。出発すべきだ」と言った。
両手でしっかと野遊の手を胸に押しつけながら首をふり、大きなきれいな目を潤ませて、「こんな壊れたロッジに大事なお客さんを泊めるわけにはいかない」「あなたを死なせるわけにはいかない」「私の思いをわかってほしい」という意味のことを繰り返し言い続けた。ロッジは壁の一部が壊れていた。危なかったな〜

野遊は二階に戻り荷物をまとめた。登り道を行くトレッカーはいなかった。降りてくるトレッカーの姿が目立ったが、昨日同様、中止して引き返す人たちが交じっているのだろう。

おかみさんは、登り道に向かおうとするトレッカーに「Don't go!(行くな!)」と大声で叫んだ。語尾が震えていた。おかみさんは取り仕切り役のように立ちはだかって、人々に「ナムチェに戻れ」「ルクラに帰れ」と言い続けた。真心、伝わる。