焼石岳 18 稜線世界

上方に行くにつれて風が強まる。東のほうから黒雲が湧いている。リーダーは引き返したほうがいいのではないかと逡巡した。けれどそれは一枚板的な雲で、方角的には横に流れていくはずだ。と思ったが野遊がそんなこと言える立場じゃないわね。野遊はあの急登コースを降りたくないばっかりに、独断と偏見の権化になっているのかもしれないしね。

そのうち、一足先に出た若夫婦が戻ってきた。上は風が強いので引き返し、昨日登った道を降りることにしたそうだ。ひとまがりしただけで、風は声を発して暴れていることがわかった。

リーダーは茨城さんとSさんと3人でしばし話し合っていた。ちーちゃんと野遊は少し離れたところで雨具を装着したりしていた。写真家さんはカメラを手に、ずっと後から来る。それで、どう話がついたのかは知らないが、写真家さんが追いついたところで、進む態勢になった。

リーダーは常に野遊を心配して考えているのだろう。でも行くことになってうれしかった。それからも進みながら風によろめいて転んだ。草むらにどっと倒れたりした。ちーちゃんも転んだが、その回数は、野遊が多分一番だろう。でもちっとも怖くない。信頼できる人たちと一緒にいるということは、なんという幸せだろう!

この山行で、野遊が最も気に入ったのは、どこだと思う?それはね、ここです。六沢山というところを過ぎたあたり、左下方を眺めおろしたあの風景。姥石平が、やんわりとビロードのように、まあるく広がっていた。コロンコロンと寝転んでのんびり遊びたいような草原に見えた。わあきれい。あそこに行きたいな。行こう。

ところが、情熱を燃やし、エネルギーを使ってそこに近づいて行くと、あのきれいな景色は、もうなくなっていた。目線になったら、あの景色は消えていたのだ。そういうものですね・・・

この風では焼石岳に登るのは困難だろうと決断が下され、姥石平から下山にかかった。皆さん、今までに散々立った頂上に、何も今立たなくとも、別に関係ないのだろう。野遊もこれ以上の風に叩かれたら、ちゃんと歩けるか自信がない。

この山行で印象的なのは、やはりあの直登コースではあるけれど、焼石岳、と思って目に浮かぶのは、野遊は、あの頂上付近の美しい景色だ。姥石平の優しげな丸い草原と、そこからじかに生えている横岳の雄姿。振り向けばスンとすました二つの突起は、おしゃれな経塚山。首を上へ、上へ!あそこにいるのは焼石岳!!行こう焼石岳。きっと行こう。いつかきっと。

頂上がすべてだなんて思ったことはない。けれど、こんな遠くに来て、再度、焼石岳は、野遊にその登頂を許してくれなかった。