千の記憶(7)最初の猫の記憶 ピコ 2

妹のココがおむつを替えているとき、手にビスケットを持ったままだったことがある。ピコがその手に飛びついたそうだ。ココの手に噛みついたのでも爪を立てたのでもなく、小さな軽い身体でひょいと飛びついた。動く手にじゃれたのかもしれない。ビスケットを食べようとしたのかもしれない。

その時、父がピコをむんずと捕まえ、部屋の隅に力任せにたたきつけた。怒っていたので手に力が入ったのだろう、ピコは壁にぶつかってしばらく起き上がれなかった。

父は蝿叩きを持ってきて、今、ようやく起き上がろうとするピコを、上から思い切り叩いた。エリの目には、父の上体が大きく前後に揺れて、腕が振りあがり、小さな白猫の上に、何度も、何度も振り下げられる映像が焼き付いている。

エリを、母が抑えた。立ったままのエリは泣きながら母に抑えられていた。母は座っていた。おむつを替えてもらったココは寝転がっていた。アネも、マチもそばでじっと父とピコを見つめていた。

ピコがグッタリと動かなくなり、父がようやく蝿叩きを握った腕を下におろすまで、エリには長い、長い時間だった。ピコには、もっと長かっただろう。