千の記憶(8)最初の猫の記憶  ピコ3

ピコは父の攻撃が止んでも動けず、ぐったり横たわっていたが、やがてよろめきながら立ち上がり、表面は出血などしていなかったが体の力が抜けたように、ズズ~と縁側の方に移動していき、その下に入った。

母が見てはいけないと言うのでみんなで放置していた。ややもあって母はアネに、ぬるく温めたミルクを持っていくように、器を手渡した。

アネは戻ってきて、器は縁の下に置いた。ピコはうずくまって、くしゃみをしていた。鼻から豆のようなものが出ていた。と話した。

どういうことか意味はわからないが、ピコは恐怖から体が痙攣状態だったのか、震えが止まらない状態だったのか、その勢いでくしゃみのように見えたのかもしれず、鼻から豆が出ていたというのは、鼻水が膨らんで丸まっていたのかもしれない。

 

ミルクは飲まなかったそうだが、そこに置いておいたというので、やがては飲んだかもしれない。

 

その後、どうなったかは記憶にないが、ピコは我が家で平穏に暮らしていた。

そしてやがて、ピコは我が家から姿を消した。家族が外出するとき、途中の道まで追ってきて、いつも、曲がり角から引き返したそうだが、家族が帰宅したとき、ピコは家にいなかったそうだ。

きれいな猫だったので、誰かが連れて行ったのかもしれないと母は言っていたが…

 

ピコー、ピコーと名を呼びながら道々を、アネと一緒に歩き回った記憶はある。

ピコの日常での思い出は本当に遠く、ほぼ消えかかっている。

 

はっきり覚えているのは父のピコへのあの凄まじい、恐ろしい制裁シーンだ。

いくら幼なくとも、エリは母の腕を振りほどいて、ピコの前に身を投げ出して、ピコを守りたかった。どんなに叱られても、あのときのエリのすべてのパワーで戦いたかった。70年ほども経った今も、あの日の映像がよみがえり、同時に慚愧の思いにさいなまれる。猫への生まれて初めての慚愧の念。これはエリと猫との出発点。