千の記憶(9)桃色

エリは桃色が好きだった。家族はピンクという言葉を使わず、桃色と言っていた。

桃色、明るくてかわいくてきれいに思えた。家にある何でもエリは桃色を好んだので、母はエリに桃色のズロース(と言った。下着のパンツのこと)を買ってくれた。それは本当に桃色だった。今もその色はピンクというより優しい桃色、果物の桃の色だ。ふっくらとしたズロースで、エリはこれをとても気に入っていた。今、この世の誰があのズロースの色を思い出せるだろう、アネに聞いてみようかな。

エリはソーメンに入っているピンクの麺も好きで(あの色は桃色というよりピンクだった)、みんなでソーメンを囲む食卓で、母がピンクの麺をエリに取り分けてくれたのを覚えている。

そしてそのことを、近所のソーメンを売っているお店のおかみさんに、母は話した。そのお店は、ソーメンを作っていた。上のほうから長細い麺が降りてきて回っていた。

ある日お店のおかみさんが、エリのために、全部ピンクのソーメンを一束、用意してくれた。つゆの入った小さな器に、母が入れてくれたピンクの麺。どの麺も全部ピンク。それが黒いつゆと交じって、あんまりきれいには見えなかった。やはり白い麺に交じっているからきれいなんだな。でもお店の人に感謝だ。母にも。嬉しかったので覚えているのだろう。          

この話はきっとアネも覚えているだろう。