千の記憶(11)帽子2

母は麦わら帽子や、赤いベレー帽や、オレンジのネット帽などを出してきて、どれでも好きなものを選んでいいからかぶりなさいと言う。姉たちを待たせていると自覚のあるエリはついに妥協して、オレンジのネットの帽子を手に取った。それはふんにゃりしていて、頭に張り付いたように乗った。絵本のおまけに入っていた一握りほどの帽子だ。

母は、急にこれはダメ、ほかの帽子にしなさいと言う。それはおもちゃの帽子のようで、お日様を防ぐことができないからだろう。母はまさかエリがこのネットの帽子を選ぶとは思わず、いっぱいある中から好きなのを選んでいいと言ったのだろう。

エリがネット帽を放さずにいると、まあエリちゃんは、どれでもいいとこれほど言っているのに、どうして我がままなのと言う。まわりで立ったまま待っている父も姉たちも、エリがまた始まったという顔をしている。エリの心に、またこの感じが襲ってきたという気持ちが湧く。

そしてやがてエリは母が選んだ赤いベレー帽を頭に乗せられ、父に肩車してもらって、不満そうな顔をして出かけるのだった。天邪鬼と言われていても、そう言われるばかりで、エリの主張は、結局ほぼ通してもらえない。

 

海岸での写真がある。父はしゃがんでいる。足の指をしならせて、膝を左右に大きく開き、微笑んでエリを見おろしている。エリはそのすぐそばで、いかにも不満そうな顔をしている。小さな手が、砂浜に触れている。

その向こうではマチが、水に濡れた砂を持って楽しそうに歩いている姿がある。

不思議なくらい鮮明に記憶している海岸に行ったあの日。

父母、アネ、マチ、エリ、ココの6人家族時代。