野遊・呼吸の世界1 DEATH ZONE

(1)題名について

ジョン・クラカワー(米)著『INTO THE THIN AIR』という書物。1996年に、エヴェレストで大きな遭難があった、ジャーナリストのジョンは参加者のひとり。後日、生存者たちに取材して書いた実録書だ。本文はみごとな臨場感があり、伝わりくる訳もみごとだと思う。これ、日本語訳で『空へ』となっている。この訳はヘンだと、だれかが『虚空へ』ならどうかなとか言っていたが、このほうがまだいいかもだけど、これもヘンだと思う。「AIR空気」と「SKY空」は違う。

直訳は「薄い空気の中」、8000mまで行ってしまうと、テントの中で休んでいても体は衰弱していき、いながらにして死に近づいていく。その空気のただ中にて、という意味で、この題名は、つまりデスゾーン(死ぬ地帯)を指している。

ただしevaporated into thin air のように、「なくなる」という意味もあるので、こちらを取れば「虚無、空虚」にも通じ、『虚空へ』でもいいかも。

空へ、なんて題すると、なにやら空に向かって飛びたつような健康的な明るさを感じる。そもそも意味が違い、誤解を生む。というか、間違った訳だと思う。わたしは『呼吸の世界』と訳そうか。

同時期、同じ題材を扱ったアナトリ・ブクレーエフ著(露)『Death Zone』という書がある。こちらは直訳で『デス・ゾーン』。いい題名だけど、エヴェレストには使われすぎている言葉なので、そのまま使っちゃうのは新鮮でない。で、ジョン・クラカワーの『INTO THE THIN AIR』(日本語訳は無視するとして)、こちらのほうが題名として優れていると思うのだ。なんてどーでもいーことみたいだけど、やはり題名にはきっちり心を入れるべきだと思うので。なので、題名も、まずはジョンの勝ち。と、今こういう言い方を自分はした。これからどのくらい続くかわからないこのシリーズのラストのほうで、自分は、ジョンとアナトリの「怒りと自己防衛と不安と誇りと悲しみ」のショートに判断を入れたい。題名についてはこれで終わる。

(2)内容

この『デスゾーン』のアナトリは、ジョンの書物に対抗して、同じ事故を違う立場から書いた。もう1冊、ベック・ウェザース(米)著、『死者として残されて』という日本語訳の書物がある。これも同じ事故の思い出に触れていて、この3冊が、今も残っている、あの事故への貴重な証言資料となっている。資料はほかにもあるが、参加当事者の書物としては、ずっとあとになって2003年、顧客の一人だったレーネ・ギャメルガード(デンマーク人)が、自分の登山歴、感想を書いている。

このショッキングな事故は、当時は新聞や雑誌でずいぶん語られたが、すでに10年以上の時が経った。夢中でニュースに釘づけになった自分も、あの時は簡単に解釈していたなと改めて感じる。それは、この夏、自分が登山したときに感じた「ある懸念」(8月のブログでちょっと触れた。「ツアー」という登山行動についての懸念)に関係していることだったから。今の時代にも疑問を投げかけ続け、解決されないどころか、増長の傾向にあるような。でも、あんまり書いてはいけない気もした。それはすごく複雑な思いだ。