朝日連峰縦走(22) さあ行くぞ竜門山へ!

以東小屋から来た5人組は円座になって食後のアルコールタイムを楽しんでいたが、これまた酔いが入ってか小屋中に響く大声でしゃべっては笑い、笑ってはしゃべり、20人のツアーよりにぎやかで、にぎやか競争のようになった。時間は19時をまわっている。

彼らが野遊に、明日はどこに行くかと聞き、朝日鉱泉へ下山と答えると、小寺鉱泉にしなさい、車で最寄の駅まで送ってあげようと言ってくれた。「でも」と逡巡したが、口々にワイワイ勧めてくれるので、ちょっと迷った。

鳥原山を越えるのは長いコースだとしきりに言われると、入念に調べてやってきたはずの野遊だけどグラついた。地元朝日屋旅館の息子とそのまわりの連中でもあることもあって、そして、交通の便がよくないこの連峰で、駅まで車で行くからという言葉は魅力だった。でも酔っているようだし、曖昧に応じていた。

「みなさんいつもどういう山に登られるのですか」と聞くと、「キャバレー・マウンテン」と答えてまたワイワイ笑っている。朝日屋旅館の次男坊氏は「タキタロウさん」なんて呼ばれちゃって、なんじゃこりゃ神か。タキタロウさんは何十年も登山していなくて、昔登った以東岳に行ってみようかと飲み仲間と話し合い、よし行こうということになったそうだ。

(ずっと後に知ったことだが、この次男坊さんは「タキタロウ」というお店をやっておられるそうだ。それでこう呼ばれていたのだろう)

騒いでいた連中も20時前には就寝、ツアーガイドはクライアントたちに、枕元にライトを置くこと、では寝ましょうとか指示していて、修学旅行みたい。静かになった。

隣のご婦人とはほとんど重なり合うようにして寝たので、今夜は寒くない。でもやっぱり床から寒さが伝わるので、大変な床だと思った。就寝前に昨夜の失敗を重ねないように、下側はできるだけ補佐したので大丈夫だったが。

そして野遊は、雨音を聞きながら、どうでも明日は出発するぞと思ったのだ。雨が残ってもやがて晴れるはずで、天気状態からその確信があった。もちろん遠藤氏や、大鳥池小屋の藤井氏からの天気情報なども参考にしていた。そして行くぞと心が座ったら、うっつらしてきて早々と眠りにおちていった。

目がさめると2時40分。うわぁ熟睡したなという実感。もうひと寝入りはできなかったが、6時間も眠れたので満足。トイレに立って窓から外をのぞくと分厚いガス模様で雨かどうかは不明。たれ込めたガスがドヨ〜ンとゆっくり動いている。まるで小屋が宇宙に持っていかれて、もてあそばれているみたいだ。宇宙刑事ギャバンの「蒸着!」状態とでも言おうか。外を眺めていると自分の立っている位置がわからなくなって、足元がグル〜とゆっくりまわっているみたいな気がしてくる。

4:00。みなさん起きませんな。4:30、夫婦組が起きて朝食を作りだす。これがこっていて、まな板に包丁でネギをザクザク切って、お味噌汁を作っている。昨日は以東往復で、荷を小屋に預けていたので、たくさん持ってきたようだ。野遊はコーヒーを飲んでパッキングした。食事は歩きだしてからにしようと。とにかくすごい人いきれで^_^;。ザックを持って階下に行くと、遠藤氏はすでに居場所に座っていた。階下の登山者たちも準備している。(二階の5人組はまだ寝ていた)

遠藤氏が「鳥原越えは長い」と言った。隣の登山者も同意している。なんだか不安になってきた。予定では、朝日岳肩の小屋から鳥原山経由、朝日鉱泉なのだが、停滞もあって竜の小屋からの出発になった野遊は、またちょっとグラつく心になった。

外に出るとガスは足元から這いあがるように立ちこめ、雨は降っていない。水を補給し、雨具を装着した。5:00、出発。さあ行くぞ竜門山へ!