朝日連峰縦走(23)西朝日岳の絶景

竜門山の頂上に立って、野遊は、信じていいのか?というほどの感慨に包まれた。ガスがあがり、向こうの峰峯がまるでBGMを響かせながら、幕が開くように展開しだしたのだ。冷たさを秘めた陽が輝く。行くべき峰がガスの向こうから一つ、また一つと、これですよ、そしてこれですよ、とささやきかけるように姿を現してくれた。

そんなもったいない景色の中で、野遊は、野遊は・・・堪能するゆとりがなかった。なんでよ、ゆっくり眠って英気満々、これにくるまれたくてここに来たのに、心がせく。
ああ人間ってなんて厄介な生き物なの、これから行くべき行く手に心奪われて緊張し、理屈で嬉しいはずだと思うばかりだった。この心理現象は単独行だからだろうか。

雨具の上着を脱いだ。ズボンは装着のままだ。信じられないのだ、雨具が一切不要だと。だれもいない。すがすがしいなだらかな稜線を、歩く、歩く。

西朝日岳!すべての望みがそこにあった。大朝日岳が目の前に黒々とそびえている。
歩いてきた稜線がくっきりと見渡せる。飯豊連峰が美しい影を引いている。
ここで朝食タイム。ソイジョイとポカリスウェット。どこを見渡しても、不思議なことに人影がない。だれも来ないのですかぁ〜? 別にいいけど。

稜線をたどってしばし下ると、目を見張る広やかな道が開けてきた。
時々、アクセントをつけるようにガスが流れてきて、景色が隠れる。
ふり返ると、ずっと後方に、だれかの姿が小さく見えた。不思議なもので、野遊は、ここで追いつかれてはなるものかという気持が生じ、朝日までせっせと歩いたのだ。
すると後方の登山者の姿はすっかり見えなくなり、前方に朝日の肩の小屋が見えてきた。広いなだらかな道を、ゆっくり登って行った、もう少しだ、もう少しだ、登って行った。

朝日の肩の小屋に着いた。歩けば着くのだった。小屋前の鐘をつきたかったが、勝手についてはならないらしい。小屋番さんに挨拶した。小屋番さんは鼻水をニューッと垂らしたままだった。土間に荷物を置いて、大朝日岳へ登って行った。主峰朝日岳へ!