温泉から温泉山行 17 竹の茎

大きな岩を越して道に足をついた途端、すいっと足元が縦に動いて野遊は滑ってしまった。
見ると、竹の茎が道の真ん中に、縦に落ちていたのだ。
まるで「さあこれに乗って滑ってください」というように。
これはわざとだ。絶対にわざとだ。なんて意地悪な竹の茎だろう!
「なんでこんなところに落ちているのよ!」と、野遊は竹の茎を手に取って、
悔し紛れに岩にパンと打ち付けた。
そしたら竹の茎は他愛なくフニャッと折れてしまった。

我慢していた疲れがどっと出て、野遊は竹の茎に当っているんだ・・・
竹の茎にかわいそうなことをした・・・竹の茎、ごめん

野遊は自信喪失して、ゴスケに先に行ってくださいと言ったが、
ゴスケはゆとりのなくなった野遊を見て、このまま先頭を行きなさいと指示した。
こういうとき後ろをついていくと遅れるから。

もう考えないで黙々と下った。
山間から、青いものが見えた。小屋の屋根だと思った。
ゴスケをふり返ると何も言わない。歩いていくと、小屋はなかった。青空を見間違えたのだ。

下方に林道が見えて、車が何台か止まっている。
ついに林道に出るのだと思ってゴスケをふり返ると、何も言わない。
もし幻覚だったら恥ずかしいので、黙って歩いた。何も現れなかった。幻覚だとわかる。

湖が見えた。遊覧船が浮かんでいる。青と緑と黄色の線が横に入った遊覧船。
ゴスケは何も言わない。やっぱり違うのかな。違った。
ありっこないものでも、自分の目のほうを信じてしまいそう。

幻覚は過去に2度見たことがある。
濁から千天の出合を経て北鎌沢の出合に行く途中と、赤牛岳から読売新道を下る途中。
どちらも長かったからかな。
それとも竹の茎の怨念かな。17時になってしまった。

祖母谷温泉の人、心配しているかもしれない。
一応連絡入れておいたほうがいいかな。
と、ケータイの電池を入れたが深い山懐だからか圏外だった。