ヒマラヤ山行 (9)現地の生き物・・・鳥の話「ヒマラヤの空を鶴が飛ぶ日」

クライアントの中に、鳥の撮影に熱心な人がいて、道中も鳥がいると、わりと大きな重そうなカメラを向けていた。忍者みたいにそうっと近づいていったり、飛ぶ鳥も下からパチリ。
この山旅は、こういったそれぞれの目的を持った個性的な方々の集団なのだろう。

山道で、光沢あるコバルト色のきれいな小鳥を見た。(何だこの表現は(≧∇≦)~~野遊って無知ね)(ダフェか)
クライアントが数人顔を寄せて、あれはなんだかんだと議論していた。
山をバックに鳥が飛べば、鳥パチリクライアントはカメラを構え、「戻って来い、さあ戻って来い、もう一度」と唱える。鳥って同じ道筋をぐるぅっと回って戻ってくることがあるから。野遊はこのパチリクライアントの、ファインダーを覗きこむ様子が好きだった。それは何かを為そうとする人の姿だったから。

カラスのくちばしが鮮やかな黄色だった。これは本にも出てくる。ちょっと普段と違うものを見るたびに、我々は「黄色だ、黄色だ!」と騒いだ(あ訂正、騒いだのは野遊だけだったかも^_^;)

野遊が知っているヒマラヤの鳥は鶴と燕。ヒマラヤヒメアマツバメは資料で見ていたけど今は時期はずしでいない。

鶴も。鶴は8000mのヒマラヤ山頂から逆落としに落ちて南に渡るのだ。
その映像を見たことがあるが、これがご存知アムネパツルだ。
チベットで上空の状態を毎日伺い続け、今日だと直感した日に、隊長が全体に電光を走らせて昇り始める。察知したみんなが次々と飛び立つ。最初は美しい鶴翼の陣だ。
ゆるゆる左右に振りながら高度を上げていく様子は、鶴が8000mの山々に牽制を仕掛けているがごとくだ。
昇りながら何度も何度も挫折して、再び元の地面に降りる。一度降りたらその日はもう飛ばない。

けれど冬は近づいてきて、彼らは飛ばねばならない。わかっていても天候などで、じっと動かない日が続く。今日はエヴェレストを越えられるだろうか。隊長が飛び立つ。仲間が続く。V字バランス。半分まで上昇、どうかな、8割上昇・・・仕掛けた!
「ここだ」という一瞬をとらえて、鶴はすべてを投げ打って山を越える。陣形はバラバラに崩れ、彼らの誰も、仲間の誰のことも思わない刹那の「時」と向き合うのだ命がけで。
・・・越えた!
山を越えた彼らは、もう飛ばない。ただ墜ちるだけだ。ああ墜ちる・・・ああ神様!地面すれすれにふわぁっと舞いあがり、そして静かにネパールの地に降り立つ鶴たち!
けれど彼らの三分の一は、ヒマラヤを越えられなくても越えられても、チベットとネパールの地に無残に墜落して死んでいくのだ。まるで「惜しげもなくバラバラと」、彼らは剥がれおちるように墜落死する。

ヒマラヤの空を鶴が飛ぶ日。この瞬間をとらえてシャッターを切った登山家に、星の王子様こと加藤保男さんがいる。
今は、彼がなくなってから命名された「KATO星」が、毎年訪れる鶴の山越えを、静かに見守っていることだろう。

と、これがヒマラヤの鳥の話。次回はサイズが少し大きくなって猫です。