シュレスの夏 20 日本語の勉強

シュレスは、最初は日本語を習得できればいいと思っていたようだが、やってみたら、今までの言語よりも難しいと感じたらしく、途中で腰が砕けていた。シュレスの日常用語はライ語で、学校でネパール語を習得し、自由に操れるほどになっている。次が英語のようで、これはネパリ訛りが強くて、英語に熟達している人、日常用語が英語の人、あるいはネパリイングリッシュ圏でないと通用しにくい。ほかにインド語も勉強したと言っている。でも日本語は断トツで難しいと言う。

けれど向き合って手取り足取り教えていくと、その場ではちゃんと理解して吸収率もいい。ただし内心やる気をなくしているので、自分から学習しようとしないのだ。今やったところを、ひとりになってから復習すれば身につくのにと、野遊は残念に思うのだった。けれどそれ以上は強制できない。

ゴスケは小学1年生の教科書をシュレスに与え、その中のしりとり単語を教えていった。「熊。ベアだよ、言ってごらん」「ベア」「あちがう、クマって言うんだよ」「クマ」「そう。毬。これはボールのこと。女の子が遊ぶ、ちょっと大きなボールね、わかる?」「マリ」「そう。次はリス。これは」なんて教えて身につくのだろうか。本当に教師なんでしょうかゴスケは。

けれどゴスケと向き合うシュレスは神妙で、2時間もそれを続けて、ひらがなでそれらの単語を読みあげることができるようになった。でも次の日は抜けていた。脈絡がない単語を覚えても抜けやすい。復習を繰り返したらいいかもしれないけど、ゴスケは復習までは付き合わなかった。

野遊はひらがなが読めるようになればと思い、51音を毎日音読させ、そのあとその中から10語以内の、わずかな単語を作っていった。「はな」「やま」「そら」「あか」「しろ」「あお」「みどり」「きいろ」。色を塗って意味と一緒に読めるように示した。読めたら組み合わせて「あかいはな」「しろいはな」「あおいそら」。範囲を広げずにこれだけを繰り返して、シュレスがスラスラ言えるようになったら「はながあかい」「そらがあおい」と、助詞を入れて文にしていった。日常でも服やカーテンなどを指して色を言い合った。

後半は、同じ言葉でも「赤い空」とか漢字で書いて大きくルビを打ってやっていった。目で漢字を毎回見ていれば、頭のどこかに残るかもしれないので。気がつくとある日シュレスはルビなしで「山」が読めていた。

野遊が感心してほめるとシュレスは「山、山」と書いて「Mountain,ヤマ」と言う。

毎日少しずつ続けた。シュレスのあくびがひんぱんに出るまで続けた。